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SCENE#37  死ぬほど暑い夏の下のボブ・マーリー Bob Marley Under the Blazing Summer


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第1章:熱波の到来と古き魂

 

 

 

焼け付くような日本の夏が、容赦なく町に照りつけていた。蝉の声は耳をつんざくほど響き渡り、止むことのない熱波のオーケストラが町を包み込む。ドレッドヘアを揺らしながら、レイは額から流れ落ちる汗を拭った。

 

 

 

 

彼の小さな庭では、鮮やかな黄色のひまわりたちが、まるで太陽に手を伸ばすように力強く咲き誇っている。熱気はアスファルトを揺らし、乾燥した土の匂いが鼻につく。夕暮れ時には、遠く地平線に溶けていくような、淡い橙色の光が空を染めた。

 

 

 

「あぁ、今日もまた、肌が焦げるような暑さだ。まるで故郷ジャマイカの、あの強烈な太陽が、そのまま降りてきたみたいじゃないか…」

 

 

 

レイは呟いた。そして彼は、古びたギターを爪弾きながら、懐かしいレゲエの調べを口ずさむ。

 

 

 

「この暑さも、きっと何か意味があるんだろうな…全ての出来事には理由がある。マーリーもそう歌っていたじゃないか…」

 

 

 

彼の視線の先に、一瞬、まばゆい光の中に立つボブ・マーリーの堂々とした姿が見えたような気がした。

 

 

 

「One Love, One Heart…(一つの愛、一つの心)」と、マーリーが穏やかな声で語りかけ、静かに微笑んだ。レイの動きは、この容赦ない猛暑に逆らうことなく、まるでその熱を受け入れるように穏やかで、彼の周りの時間だけがゆっくりと流れているかのようだった。

 

 

 

彼が初めてボブ・マーリーの音楽を聴いたのは、まだ若く、自分の進むべき道を見つけられずにいた頃だった。マーリーの魂を揺さぶる歌声と、平和と愛を訴えるメッセージは、彼の心に深く突き刺さり、生きる指針となったのだ。それ以来、レイはマーリーの精神を胸に、この遠い日本で、自らの畑を耕し、音楽と共に生きる道を選んだ。

 

 

 

 

 

 

第2章:予期せぬ出会いと小さな問いかけ

 

 

 

耐え難いほどの暑さから逃れるように、レイは近くの公園の木陰にあるベンチに腰を下ろし、静かにギターを奏で始めた。指先から紡ぎ出される優しいメロディーは、少しでも暑さを忘れさせてくれるようだった。木々の間を吹き抜ける微かな風が、夏の熱気を一時的に和らげた。

 

 

 

 

すると、12歳くらいの少女が、所在なさげにしおれた鉢植えを抱えて、おずおずと彼に近づいてきた。「あの…すみません」と、少女は蚊の鳴くようなか細い声で話しかけた。ミズキという名前のその少女は、不安げな瞳でしおれたひまわりを見つめている。

 

 

 

「このひまわり、元気がないんです。毎日お水をあげているのに、暑さのせいで、もう枯れちゃうのかな…」

 

 

 

彼女の小さな胸には、大切なものが失われてしまうかもしれないという、言いようのない悲しみが広がっていた。

 

 

 

レイはギターを膝に置き、優しく微笑みながら、「見せてごらん!」と声をかけた。ミズキからしおれたひまわりの鉢植えを受け取ると、彼は丁寧に葉を調べた。

 

 

 

「大丈夫だよ、ミズキちゃん。諦めないで!Don't worry about a thing(何も心配することはないさ)。この子もきっと、まだ生きたいって願ってるさ!」と、自分のボトルの水を少し分けてやりながら語りかけた。

 

 

 

 

その時、レイの心の中に、そしてベンチの隣にボブ・マーリーがそっと腰を下ろしたような感覚が訪れた。マーリーは目を閉じ、レイの奏でるギターの音色と、ミズキの小さなため息に静かに耳を傾けている。

 

 

 

 

「植物も人間も同じだよ、水と、そして何よりも愛情が必要なんだ…」と、レイはミズキに植物の手入れについて、まるで古い友人に語りかけるように話し始めた。彼の温かい声は、奏でるレゲエのメロディーのように心地よく、不安でいっぱいのミズキの心をそっと包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

第3章:希望の光と導きの言葉

 

 

 

レイはミズキからしおれたひまわりを受け取ると、太陽に透かしてじっくりと観察した。「うん、まだ根は生きている。希望はあるよ!」とレイは力強く言って、ミズキに顔を向けた。

 

 

 

 

「この子にはね、ただ水をあげるだけじゃなくて、今はちょっと暑すぎるんだ。だから、もっと涼しい木陰に移してあげて、優しい君の気持ちをたっぷり注いであげる必要があるんだ!」

 

 

 

 

彼は、ミズキと一緒に鉢植えのひまわりを生き返らせようと、具体的な方法を優しく教え始めた。

 

 

 

「一緒に、この子にもう一度笑顔を見せてやろう?きっと、また美しい花を咲かせてくれるよ!」

 

 

 

 

二人は公園の奥にある、大きな楠の木の下の涼しい場所を見つけた。その木の根元はひんやりとしていて、土からは生命の匂いがかすかに立ち上っていた。 ひまわりを植え替えて、レイはミズキに、傷んだ葉を優しく取り除く方法、土の表面をそっとほぐす手の動き、そして、まるで囁くように優しく水をやる加減を丁寧に教えた。

 

 

 

「ほら、こうやって優しく、優しくね。植物も、君の優しさをちゃんと感じているんだよ…」

 

 

 

その背後では、ボブ・マーリーが腕を組み、穏やかな、そしてどこか誇らしげな表情で二人を見守っている。マーリーの深い瞳が、レイに「Get up, stand up!(立ち上がれ!)」と、無言のメッセージを送っているかのようだった。

 

 

 

 

レイは自分の庭で様々な植物を育ててきた経験を語りながら、「命を育てるってことは、自然のリズムを感じること、そして何よりも、忍耐強く信じることなんだ!」と、命を育むことの大切さをミズキに伝えた。彼の言葉は、単なる知識ではなく、彼自身の経験から生まれた、温かい確信に満ちていた。ミズキは「うん、わかった!」と、希望に満ちた声で力強く頷き、レイの言葉を一言も聞き漏らさないように、真剣に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

第4章:育まれる絆と共同体

 

 

 

厳しい夏の暑さは依然として続いていたが、レイとミズキは、まるで約束したかのように、毎日公園の楠の木の下で会うようになった。

 

 

 

 

「レイさん、今日のひまわり、昨日よりも少し、葉っぱがシャンとしてきた気がする!」

 

 

 

 

ミズキは、ひまわりの小さな変化を見つけては、目を輝かせながらレイに報告した。レイは「そうだろう?それは、君の愛情が伝わってる証拠なんだよ!」と笑顔で答えた。

 

 

 

 

二人でハナのひまわりの世話をし、その傍らで、レイはハナにたくさんの物語と、心に響くレゲエの歌を教えた。

 

 

 

「この歌はね、『Three Little Birds』っていうんだ。♪Rise up this mornin', Smiled with the risin' sun…(今朝、目覚め、昇る太陽に微笑んだ…)♪って歌い出すんだよ。『心配ないよ、全てうまくいくさ!』って、優しい鳥たちが歌ってくれる歌なんだ!」

 

 

 

ミズキの中で、ひまわりが枯れてしまうかもしれないという悲しみは、日ごとに薄れ、代わりに、ひまわりが少しずつ回復していく喜びと、レイとの間に育まれる温かい交流への感謝の気持ちが、彼女の心を満たしていった。

 

 

 

 

レイのすぐ隣には、いつものようにボブ・マーリーの幻影が寄り添い、レイの爪弾くギターに合わせて、心地よさそうに小さく体を揺らしている。時には、マーリーが懐かしそうに遠い目をして、ジャマイカの風景を思い描いているようにも見えた。

 

 

 

 

「私、もっと大きくなったら、レイさんみたいに、たくさんの植物を育てて、みんなを笑顔にできるような人になりたいな!」と、夢を語るミズキの頭を、レイは優しく撫でた。

 

 

 

 

「いい目標じゃないか、ミズキちゃん。君ならきっと、たくさんの美しい花を咲かせることができるさ!」

 

 

 

 

公園の清掃員である田中さんは、いつも遠くから、そんな二人の様子を温かく見守っていた。ミズキの母親も、最初はレイの風貌に戸惑ったものの、ひまわりが元気を取り戻していく様子と、ミズキの楽しそうな笑顔を見て、彼のことを信頼するようになっていた。「あの子が、あんなに毎日楽しそうにしているの見るのは久しぶりなんです!」と、ある日、ミズキの母親はレイに小さな声で感謝を伝えた。

 

 

 

 

 

焼けるような夏の空の下、一本の弱々しいひまわりの世話をするという、ささやかな共通の経験を通して、年齢も文化も異なる二人の間には、言葉を超えた、深く静かな絆が確かに育まれていった。それは、まるでひまわりの根が、地中深くにしっかりと根を張っていくように、ゆっくりと、着実に成長していた。

 

 

 

 

 

第5章:夏の終わり、試練、そして希望の芽生え

 

 

 

長く、そして厳しかった夏の暑さがようやく終わりを告げようとしていた。朝夕には涼しい風が吹き始め、空には鱗雲が広がるようになった。しかし、そんな穏やかな変化の兆しが見え始めた頃、突如として、町に大型の台風が接近しているというニュースが報じられた。ミズキのひまわりは、見違えるほどに高く、誇らしげに立ち上がり、その鮮やかな黄色の大きな花びらを、力強い太陽の光に向かって堂々と開いていた。しかし、この台風で、全てが台無しになるかもしれない。

 

 

 

「レイさん、どうしよう!ひまわりが…!」ミズキは半泣きでレイの元にやって来た。 

 

 

 

 

「大丈夫だ、ミズキちゃん。諦めるな。俺たちが守ってやるんだ!」

 

 

 

レイはすぐに公園へ駆けつけ、ミズキも駆けつけた。二人で協力し、ひまわりを倒れないように補強した。ロープで幹を固定し、鉢の周りに土嚢を積んでいく。汗が滝のように流れ落ちる中、二人の手は泥まみれになりながら、その瞳には諦めない強い光が宿っていた。二人は必死にミズキのひまわりを守ろうとした。

 

 

 

 

台風一過の朝、町は大きな被害を受けていたが、ミズキのひまわりは、わずかに傾きながらも、しっかりと根を張って立っていた。

 

 

 

「レイさん!見て!ひまわり、生きているよ!」

 

 

 

ミズキは、喜びで顔を赤らめ、満面の笑みでレイに感謝の言葉を述べた。

 

 

 

「ありがとう、レイさん。レイさんがいなかったら、このひまわりは、きっと夏の暑さにも、台風にも負けて枯れてしまっていたね…」

 

 

 

 

レイは、その眩しいばかりのひまわりを見つめ、静かに微笑んだ。

 

 

 

「いや、ミズキちゃん。それは違うよ…これはね、君が毎日、諦めずに愛情を注ぎ続けたからこそ咲いたひまわりなんだ。植物は、いつだって、人の気持ちに敏感なんだ。ミズキちゃんじゃなければ、きっとできなかったはずさ!」

 

 

 

 

この死ぬほど暑い夏の中で、一本のひまわりと共に、二人の間に育まれた温かい心の交流という、何よりも美しいものが咲いたことを、レイは深く感じていた。

 

 

 

 

 

いつものように公園のベンチで、レイがギターを爪弾くと、彼の心の中で、ボブ・マーリーが最高の、そして優しい笑顔で隣に立っていた。

 

 

 

 

「辛い夏を乗り越え、君のひまわりは美しい花を咲かせた。そして、Is This Love(これは愛なのだろうか)、そう、この繋がりこそが愛なんだ。新しい季節が、また新たな希望を運んでくるだろう…」

 

 

 

 

マーリーは、レイの目を優しく見つめると、ゆっくりと片目を閉じ、にこりとウィンクをした。そして、夕日が差し込む公園の木々の間に、まるで霧が晴れるように、すっとその姿を消した。

 

 

 

 

レイのギターから奏でられるその音色は、過ぎ去る夏の日の思い出と、これから始まるであろう希望に満ちた未来への、静かな賛歌のように、公園の木々を優しく撫でていった。そして、レイの心には、マーリーのあの有名な言葉が、改めて深く響いていた。

 

 

 

「立ち上がれ、自分の権利のために立ち上がれ…」

 

 

 

それは、植物を育てること、人を思いやること、そして何よりも、自分らしく生きることの大切さを教えてくれる、永遠のメッセージだった。

 

 

 

 

秋風が吹き始めた頃、ミズキは学校帰りに公園に立ち寄っては、ひまわりを眺めるのが日課になっていた。ひまわりは季節の終わりを迎え、種を実らせていたが、その力強い姿は、二人の夏の物語を静かに語り続けているようだった。レイとミズキが次に会うのは、きっと、また新しい季節が始まる頃だろう。彼らの心には、あの暑い夏を乗り越えた、ひまわりのように揺るぎない希望の種が確かに宿っていた…