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SCENE#42   ひとりで山に立っている! ~SNS映え登山、遭難寸前ログ~ Alone on the Mountain: A Near-Miss Climb


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第1章:閃光のインスピレーション、そして無謀な計画

 

 


ケンタは自宅のリビングで、スマホをスクロールしていた。今日のフィードは、どれもこれも眩しい。「#エモい風景」「#絶景独り占め」「#登山女子」……。どれもこれも、自分のキラキラした日常とはかけ離れた投稿ばかりだ。

 

 

 

「ちくしょう、俺だってバズりたいんだよぉ!」

 

 

 

ふと、とある登山系インフルエンサーの投稿が目に留まった。険しい山頂で、夕陽を背景に、まるで悟りを開いたかのようなポーズを決めている。コメント欄は「神々しい!」「憧れます!」の嵐。

 

 

 

「これだ!俺が求めていたものは!『ひとりで山に立っている!』俺もこれをやるんだぁ!」

 

 

 

ケンタの脳内で、すぐに企画が立ち上がった。

 

 

 

「壮大な山頂で、哀愁漂う俺。からの、奇跡の朝日を浴びて、神々しさMAXの俺!これ、絶対バズるやつじゃん!」

 

 

 

思い立ったが即行動。ケンタはリュックを引っ張り出し、数年前に祭りの景品で当たった登山っぽいキャップと、なぜか持っていたランニングシューズを取り出した。

 

 

 

「よし、完璧な装備だぁ。あとは、最高のロケーションを選ぶだけ!」

 

 

 

彼はGoogleマップで「絶景」「初心者向け」と検索し、一番名前がかっこいい「雷鳴ヶ岳(らいめいがだけ)」を選んだ。標高1500m。「初心者向け」と書いてあったから大丈夫だろう…と、根拠のない自信に満ち溢れていた。

 

 

 


「待ってろ、俺の可愛いフォロワーども!お前らを唸らせる最高の『ひとりで山に立っている!』投稿、見せてやるぜぇい!」

 

 

 

かくして、ケンタの無謀な登山計画が、真夜中のリビングでひっそりと始まったのだった。

 

 

 

 

 

第2章:山道はインスタ映えしない、そして後悔

 

 

 

夜明け前、ケンタは登山口に立っていた。まだ薄暗い中、他の登山客らしきベテラン勢が黙々と準備を進めている。彼らの装備は、ケンタのそれとは明らかにレベルが違った。

 

 

 

「くそ、なんか場違い感ハンパないけど、これも演出、演出……!」

 

 

 

ケンタは無理やりテンションを上げ、登山を開始した。最初は意気揚々だったが、それは最初の10分だけだった。道はすぐに険しくなり、舗装されていない岩場や、滑りやすい土の急斜面が続く。ランニングシューズは全くグリップが効かず、何度も足を取られそうになる。リュックの中には、映え用のサングラスと自撮り棒、カロリーメイトと水500mlしかない。

 

 

 


「はぁ、はぁ……何これ、聞いてないんですけど!映えスポットどこよ!?」

 

 

 

汗だくになり、息も絶え絶え。スマホを取り出しては「電波が圏外です…」の表示に絶望し、せっかく撮った動画もブレブレで使い物にならない。

 

 

 

「くそー、なんでみんな、あんなに涼しい顔で登ってやがんだよ!これじゃあ、ただの『疲労困憊のおっさん』じゃねぇか!」

 

 

 

道中、すれ違うベテラン登山家たちが、不思議そうにケンタの軽装を見て通り過ぎていく。中には心配して声をかけてくれる人もいたが、ケンタは「大丈夫っす!映えのためなら!」と、なぜかドヤ顔で返してしまう。後悔と疲労がケンタの全身を蝕んでいくが、ここまで来たら引き下がれない。いや、正確には、もう引き返す体力など残っていなかった。

 

 

 

「可愛いフォロワーのため……バズるため……!俺は、映えるんだぁ!」

 

 

 

 


第3章:山頂の現実と、不都合な真実

 

 

 

幾度となく「もうダメだ…」と呟きながら、這う這うの体でケンタはついに山頂に到達した。 そこには、想像していたような、神秘的な雰囲気は全くなかった。思ったより人がいて、景色が…微妙だった。朝日はすでに高く昇りきってしまい、山々はただの青々とした連なりに過ぎない。インスタで見たようなドラマチックな「絶景」はどこにもない。

 

 

 


「嘘だろ……。これ、加工なしじゃ無理ゲーじゃんよ……」

 

 

 


ケンタはがっくりと肩を落とした。汗と泥で汚れたジャージ姿の自分では、とても「神々しいインフルエンサー」には見えない。

 

 

 


「え、ていうか、みんな普通にラーメン食ってるし……。俺だけカロリーメイト……?」

 

 

 

他の登山客が楽しそうにバーナーでお湯を沸かし、カップラーメンをすすっている光景に、ケンタは打ちひしがれた。自分のリュックに入っているのは、半分潰れたカロリーメイトと、残りわずかな水だ。

 

 

 


「いや、違う…俺は『映え』を求めてここに来たんだ。食事なんて二の次だぁ!」

 

 

 

ケンタは無理やり自分を奮い立たせ、スマホを取り出した。しかし、目の前の問題は山積みだ。電波は相変わらず圏外。山頂でライブ配信なんて夢のまた夢だ。そして、バッテリー残量は残り15%。 必死で映えそうなアングルを探し、自撮り棒を伸ばしてポーズを決める。 何度撮り直しても、自分の姿は「山頂の爽やかなインフルエンサー」ではなく、「顔色が悪く、疲労困憊の男」にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

第4章:奇跡のショット、そしてモバイルバッテリーの呪い

 

 

 

「ああもう、こうなったら最終手段だ!」

 

 

 


ケンタは意を決した。自撮り棒を限界まで伸ばし、山頂の標識と、遠くの雲を無理やりフレームに収める。そして、これまでの疲れと絶望を全て表情に込めて、渾身の「悟りを開いた風」ポーズをキメた。今、シャッターが切られる。

 

 

 


カシャ!

 

 

 


おお!これは……!スマホの画面に映し出されたのは、奇跡の一枚だった。逆光のせいで顔はほとんど影になっているが、それが逆に「哀愁」を醸し出している。何より、「雷鳴ヶ岳」の標識がしっかり写っているのがポイントだ。

 

 

 


「やった!ついに撮れたぞ!これならバズる!いや、バズらせるんだぁ!」

 

 

 


ケンタは興奮のあまり、スマホを高く掲げた。しかし、その瞬間、スマホの画面に無慈悲な表示が…

 

 

 


「バッテリー残量:5%」

 

 

「嘘でしょ!?」

 

 

 

ケンタは凍り付いた。この一枚を投稿するために、どれほどの苦労をしてきたか!今、ここでバッテリーが切れたら、全てが水の泡だ。彼は焦ってリュックを漁り、モバイルバッテリーを取り出した。しかし、それはまるでケンタの無計画さをあざ笑うかのように、充電コードを忘れていた…

 

 

 


「う、うそ……?まさか、こんな展開……」

 

 

 

ケンタは絶望の淵に突き落とされた。撮った写真はある。しかし、それを世に送り出す手段がないのだ。まさに、「ひとりで山に立っている!」状態で、助けを求めることもできない。その時、山頂の隅で、ひとりの老夫婦が、楽しそうにスマホを充電しているのが目に入った。

 

 

 

 

 

第5章:奇跡の救世主、そしてまさかのコラボ

 

 

 

ケンタは意を決し、老夫婦に駆け寄った。

 

 

 

「あの…すみません!お願いします!もし、もしよかったら…充電コードを貸していただけませんでしょうか!?」

 

 

 

息を切らしたケンタの、必死すぎる形相に、老夫婦は目を丸くした。優しそうなおじいちゃんが「ああ、いいよ。どうしたんだい、そんなに慌てて?」と答える。

 

 

 


ケンタは、目に涙を滲ませながら状況を説明した。

 

 

 

「バズるために!バズるためなんです!この一枚を!世界に発信するんです!この写真が俺の人生を左右するんですぅ!」

 

 

 


老夫婦は顔を見合わせ、クスッと笑った。

 

 

 

「わかった、わかった。落ち着きなさい。君も大変だねぇ、鼻水が出てるよ!」

 

 

 


充電コードを受け取り、スマホを接続した瞬間、ケンタは安堵した。電波は圏外だが、バッテリーが回復すれば、下山後にすぐに投稿できる。

 

 

 


その様子を見ていたおばあちゃんが、ケンタに声をかけた。

 

 

 


「ところで、坊や。さっきのその、なんていうの?ヘンテコなポーズ?あれ、ちょっと面白かったから、私たちとも一緒に撮らない?」

 

 


「え…?」

 

 


ケンタの脳内で、すぐに計算が始まった。「#山頂 #映え #熟年カップル」…悪くない!むしろ、ギャップ萌えでバズる可能性すらある!

 

 

 


「いいですよ!お任せください!じゃあ、この角度で。お二人とも、最高の笑顔を!」

 

 

 


ケンタは再び自撮り棒を伸ばし、老夫婦と三人で渾身の「ひとりで山に立っている!」ポーズを決めた。

 

 


カシャ!

 

 


完璧だ。今度は、「映えを求めて山に登った若者と、それを優しく受け入れるベテラン登山家」という、エモくて新しいストーリーが生まれた。

 

 

 

 


第6章:帰宅後の結末と、真のバズり

 

 

 

充電が完了し、ケンタは老夫婦に深々とお礼を言って下山した。

 

 

 


下山は登り以上に大変だったが、手の中にある「奇跡の一枚」と「奇跡のコラボ写真」が、ケンタに力を与えてくれた。麓の駅に着き、電波が回復した瞬間、ケンタはすぐに写真の加工に取り掛かった。

 

 

 


元の写真に、SNS映えのための過剰なフィルターとドラマチックすぎるコントラストをかける。そして、渾身のキャプションを添えた。

 

 

 


「『ひとりで山に立っている!』 この景色を独り占めするために、俺、人生で一番頑張った。山に立ち、悟った。俺の人生、ここからまた始まる。#雷鳴ヶ岳 #絶景 #山頂 #孤独のグルメならぬ孤独の登山…」

 

 

 


そして、投稿ボタンを押した瞬間、通知が鳴り響いた。

 

 

 


数時間後。ケンタは自宅のベッドの上で、筋肉痛に耐えながらスマホを見ていた。

 

 

 


彼の可愛いフォロワーは、彼の投稿に熱狂していた。

 

 

 


しかし、最も「いいね」と「コメント」が殺到していたのは…、 なんと、老夫婦との「コラボ写真」だった。

 

 

 


コメント欄には…

 

 

 


「おじいちゃんおばあちゃん、かわいい!この笑顔に癒やされた!」

 

 

「山頂でこの出会いはエモい!泣ける!」

 

 

「ていうか、最初の『ひとりで山に立っている!』写真の顔色悪すぎません?🤣 完全に死んでる人の顔!」

 

 

 


ケンタの渾身の「悟りを開いた風ポーズ」の写真は、「疲労困憊で今にも倒れそうな男」として、完全にコメディ扱いされていた。

 

 

 


「ちくしょうぉ!俺は感動を届けたかったのに!」

 

 

 

そう叫びながらも、ケンタはバズったことに満足していた。そして、老夫婦が優しく充電コードを貸してくれた時のことを思い出し、少しだけ反省した。

 

 

 


「…まぁ、結果オーライ、かな。次からはちゃんと計画立てて、充電コードと、あと…まともな靴で行こう…」

 

 

 

ケンタは初めて、「映え」だけでなく「安全」と「準備」の大切さを、身をもって学んだのだった…とさ!