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SCENE#70  スマホに宿った江戸のアイツ The Edo Spirit in My Phone


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第1章:最恐のバグ、現る

 

 


佐倉雄太は、自分の人生は最新バージョンのOSのようにスムーズで合理的だと信じていた。25歳、IT企業のヘルプデスク勤務。趣味はガジェット収集。特に、ポケットに収まる相棒、「iBako 17(アイバコ セブンティーン)」は彼にとっての命綱であり、世界の全てだった。キャッシュレス決済、スケジュール管理、ニュース、そして恋の進捗。全てがこの冷たい金属の箱の中で完結していた。

 

 

 

 

ある残業終わり、雄太は近道のために、地元でも古いと評判の小さな稲荷神社を通り抜けた。石畳は苔むし、古めかしい注連縄が月の光に揺れている。その瞬間、雄太のiBako 17が手に熱を持つほど発熱した。

 

 

 


「おいおい、何だこの異常なプロセスは!」

 

 

 


雄太が画面を覗き込むと、バッテリー残量が急降下し、見慣れない白い光がホーム画面の中央で瞬いた。それは一瞬、まるで提灯の灯りのようにも見えた。次の瞬間、スマホは冷たくなり、全てが元通りになった。

 

 

 


「単なる一時的なシステムエラーか。まあ、最新機種にもバグはあるよな…」

 

 

 


雄太はそう結論づけ、帰路についた。

 

 

 

しかし、異変は自宅に戻ってから始まった…

 

 

 

夜中、雄太がSNSをチェックしていると、メッセージアプリが勝手に起動し、文字が入力され始めた。

 

 

 


「おう、そこの若ぇの!」

 

 

 


雄太はギョッとした。指は画面に触れていないはず。キーボードには、古風なフォントが選ばれていた。

 

 

 

「ええい、この箱は狭くていけねぇや…わしの声が届いとるか?」

 

 

 

「ハッキング……いや、そんな技術でこんなふざけた文章を?」

 

 

 

雄太は慌ててキーボードを操作しようとしたが、指が触れるたびに、文字入力は乱れた。まるで誰かが、慣れないフリック入力を必死に試みているかのように…

 

 

 

「わしは六助。あんたの持つその四角い箱に、どういうわけか迷い込んでしもうた。さあ、まずはこの戸板を開けてくれ!」

 

 

 

雄太はスマホを放り投げそうになった。「おばけ」という存在を、雄太は論理的に最もありえない事象として否定していた。しかし、目の前で起こっている現象は、彼の全ての合理的思考を打ち砕くものだった。

 

 

 

「六助?戸板?何言ってんだ、これはスマホだぞ!」雄太が叫ぶと、画面から怒鳴り声のようなメッセージが返ってきた。

 

 

 

「むっ!わしをからかう気か、貴様!小憎たらしい目玉の絵(👀)ばかり出しやがって。わしは幽霊だ、幽霊!さっさとわしの身体を元の場所へ戻せ!」

 

 

 

雄太は自分の顔が青ざめているのを感じた。スマホに宿った、江戸時代のおばけ。この最新にして最強のデバイスに、最恐の「バグ」が現れた瞬間だった。

 

 

 

 

 

第2章:文明開化 in スマホ

 

 

 

雄太と六助の、奇妙な同居生活は、翌日から始まった。

 

 

 

「いいか、六助。これは『戸板』じゃない。『ディスプレイ』だ。お前は今、このiBako 17という高性能モバイルデバイスの中にいる。つまり、お前は…そうだな…『テクノロジーおばけ』だ!」

 

 

 


「てくのろじーおばけ?まあ、呼び名は何でもいいが……」

 

 

 

六助はスマホのバイブレーション機能を使って、軽やかなリズムを奏でた。

 

 

 

「よう分からんが、この箱、外の景色が見えるんだな!おぉ、これが『東京タワー』か!江戸城よりずいぶん高いでぇ!」

 

 

 

六助はスマホのカメラを「覗き穴」と呼び、勝手にインカメラに切り替えては、雄太の寝起き姿を勝手に撮影したり、ズーム機能で通行人の顔を覗き込んだりした。

 

 

 

「勝手にカメラ使うな!プライバシーの侵害だぞ!」

 

 

 

「ぷらいばしー?なんじゃそりゃ。この小さな覗き穴から見る世界は面白いのう!おや、これは『動く絵草子』か?」

 

 

 

六助が触れた(実際には雄太には見えない指で画面を操作しているらしい)のは、動画共有サイトのサムネイルだった。六助はそれを夢中になって見始め、動画のコメント欄にまで手を出し始めた。

 

 

 


「この踊りは粋がねぇ!もっと腰を入れろ!」と、動画の演者へのダメ出しを勝手に投稿。

 

 

 

雄太のSNSアカウントはたちまち炎上してしまった。「急にどうした?」「キャラ変?」「なりすまし?」というメッセージが殺到する。

 

 

 

「やめろ六助!それは投稿ボタンだ!ネットの住人を怒らせるな!」

 

 

 

「ネット?なんじゃそりゃ。わしの言葉で怒るとは、最近の若ぇもんは気が短いのお!」

 

 

 

さらに最悪なことが起こった。六助はスマホに搭載されたフードデリバリーアプリのアイコンを見つけ、それを「食い物の神様が住む場所」と誤解した。

 

 

 

「おぉ!うまそうなものがたくさん並んどる!わしは腹が減った!『ばーがー』という、挟んで食う食い物を所望する!」

 

 

 

六助はスマホ決済のパスワードを雄太が入力するのを見て学び、それを勝手に使って、大量のハンバーガーとフライドポテトを職場にいる雄太の住所へ注文してしまった。

 

 

 

「あああ!六助!それは『決済』だ!俺の給料が飛んじゃう!勝手に現代の資本主義に参加するな!」

 

 

 

雄太は上司に怒られてしまい、配達員に平謝りし、半泣きで大量のハンバーガーを処理することになった。テクノロジーの恩恵を受けていたはずが、今や雄太の生活は、一寸先の合理性も見えなくなっていた。

 

 

 

「六助!今すぐ約束を決めよう。いいか、勝手に個人情報を覗かない、勝手に決済アプリを使わない。これが守れないなら、もうこのスマホを川に投げるぞ!」

 

 

 

「むう……仕方ねぇな。だが、代わりに『絵草子』(動画)を見せろ。それから、わしにこの『てくのろじー』というものをもっと教えてくれ。わしゃ、この時代が知りてぇ!」

 

 

 

雄太は、この「テクノロジーおばけ」をどうにか追い出すか、あるいは共存するしかないと悟り始めていた。

 

 

 

 

 

第3章:ヘルプデスクは大騒ぎ

 

 

 

六助との共存ルールを決めたにも関わらず、雄太の職場での平穏は完全に崩壊していた。

 

 

 

「さあ、今日のヘルプデスクの課題だ。お客さんが『パソコンが突然、古語で話しかけてくる』と訴えてるんだ。佐倉、お前が対応しろ!」

 

 

 

上司に言われた瞬間、雄太は胃がキリキリと痛んだ。絶対に六助の仕業だ!

 

 

 

「おい、六助!また勝手に他人のデバイスに乗り移ったのか!」

 

 

 

雄太が小声でスマホに詰め寄ると、六助からの返信が画面に表示された。

 

 

 

「乗り移ったわけじゃねぇや。ちょいと『遠隔操作』というやつを試してみただけだ。わしの言葉に動揺するなんて、あの客も 『粋』 じゃねぇな!」

 

 

 

雄太は、顧客のPCを遠隔操作で見せてもらうと、画面全体に「エラー!はてさて、この度の不始末はご容赦くだされ!」という文字が江戸文字で踊っていた。雄太は冷や汗を拭いながら、上司には「最新OSのバグが起こしたフォントエラーです…」と、なんとかごまかした。

 

 

 


別の日の会議中、雄太はクライアントとの重要なビデオ通話に参加していた。集中しなければならない場面で、なんと六助がスマホのビデオフィルターを勝手に操作した。

 

 

 


「佐倉くん、画面に映っているそのちょんまげはなんだね?新しいビジネススタイルか?」

 

 

 


クライアントに指摘され、雄太は慌てて画面を見ると、自分の顔には見事なちょんまげのカツラと派手な歌舞伎の化粧が施されていた。

 

 

 

「どうだ、雄太!似合ってるじゃねぇか!この 『ふぃるたー』 という技術は面白いな!わしもこの姿で吉原へ行きたい!」

 

 

 

雄太は通話を切断し、トイレに駆け込んだ。

 

 

 

「頼む六助!これ以上、俺の人生を壊さないでくれ!」

 

 

 

「何を心配することがある!わしがついてる!江戸じゃ、派手な方が目立ってナンボってもんよ!」

 

 

 

雄太は六助を追い出すため、ファクトリーリセットを試みた。全てのデータを消去すれば、六助も消えるはずだ。しかし、初期化ボタンを押そうとした瞬間、六助がスマホのセキュリティ機能に介入した。

 

 

 


「おっと、そりゃならねぇよ。わしの住処を壊すのは、 『打ち壊し』 と同じくらい卑怯な行いだぜ!」

 

 

 

スマホは「セキュリティエラー」のメッセージを出し、初期化を受け付けない。

 

 

 

雄太は悟った。このテクノロジーおばけは、現代のテクノロジーの裏をかき、システムの論理の隙間に入り込んでいる。もはや、バグを修正するのではなく、このバグと協力して生きるしかないのだと…

 

 

 

雄太は深くため息をつき、スマホの画面に語りかけた。

 

 

 

「六助。今日から俺たちは『相棒』だ。ただし、俺の給料に関わることだけは絶対にやめてくれ…頼む!」

 

 

 

六助は画面上で、雄太の指紋認証マークに当たる部分でピカッと光り、承諾の意思を示した。現代テクノロジーに憑りついた、異文化の同居人が、雄太の生活の全てを変え始めていた。

 

 

 

 

 

第4章:現代の恋と義理人情

 

 

 

雄太には、密かに想いを寄せる女性がいた。名前は理恵。いつも明るく、仕事にも真面目な、太陽のような存在だ。雄太は彼女とのコミュニケーションの全てをメッセージアプリに頼っていた。

 

 

 


「六助、見てくれ。理恵から『今週末、お勧めのカフェに行きませんか?』ってLINEが来たんだ!」

 

 

 


「カフェ?それは茶屋のことか?いいじゃねぇか!で、あんたはどう返したんだ?」

 

 

 

「えーっと。『いいですね。空き状況を確認して、後ほど改めてご連絡します』って……」

 

 

 

その返事を見た六助は、激しくバイブレーションした。

 

 

 

「むっかー!なんじゃその『空き状況』じゃら!この朴念仁め!女の誘いに『空き状況』などという無粋な言葉を使うな!『喜んで!』と即座に返すべきだろうが!」

 

 

 

六助は、雄太が用意していた丁寧で合理的な長文の返事を、勝手に削除。代わりに、絵文字とスタンプを駆使したメッセージを送信した。

 

 

 

「わーい!楽しみでござる!🙌✨絶対行くでござる!👍」

 

 

 

雄太は血の気が引いた。「六助!俺はそんなキャラじゃない!理恵に引かれる!」

 

 

 

「ふん!江戸の時代から、男は『間』を空けちゃいけねぇんだ!特に女の誘いにはな。それに、この『すたんぷ』とかいうやつは、面白いぞ。感情がすぐに伝わる。現代の絵草子だ!」

 

 

 


理恵からは、すぐに「ちょっと意外でした(笑)楽しみにしてます!」と、少し驚きながらも前向きな返信が来た。雄太は胸をなでおろすと同時に、六助の直情的な助言に戸惑いを覚えた。

 

 

 


別の日。雄太が理恵との会話で、仕事の愚痴を遠回しに言ったときのことだ。

 

 

 

「雄太。理恵殿は、あんたの不満を聞きたいわけじゃねぇ。あんたの 『元気な姿』 が見たいんだ。心配ばかりかけちゃ、男の沽券に関わるぜ!」

 

 

 


六助は、現代のデジタルなやり取りが、人々の間に不必要な「間」や「建前」を生み出していると強く批判した。

 

 

 


「なぜ、言いたいことを直接言わないんだ?なぜ、顔を見て話さないんだ?文字で送る『心』なんて、ただの『でーた』じゃねぇか!」

 

 

 

その時、雄太は、六助の言う「義理人情」や「粋」が、現代の合理的なコミュニケーションでは失われつつあることに気付かされた気がした。

 

 

 

「確かに……そうだよな。俺は、スマホという盾の後ろに隠れて、理恵と向き合うことから逃げていたのかもしれないな…」

 

 

 

雄太は、六助のデジタルに頼らない、熱いアドバイスに少しずつ影響を受け、理恵に対し、もう少し素直に、そして直接的に向き合う勇気を持ち始めた。六助という名の「テクノロジーおばけ」は、雄太の合理的な心に、江戸の「人情」という名の、温かいバグを植え付けたのだった。

 

 

 

 

 

第5章:デジタル長屋の住民たち

 

 

 

六助は、自分と同じように「テクノロジーおばけ」になった仲間がいるのではないかと考えるようになった。

 

 

 

「雄太。わしのような『てくのろじーおばけ』は、この箱の中のどこかに、他にもいるはずだ。昔の長屋の如く、わしにも『隣人』がいるはずだ!」

 

 

 


雄太は仕事の休憩時間を利用して、六助の指示通り、ネットの怪談や都市伝説を調べ始めた。「古いゲーム機のバグ」「廃墟の監視カメラ」「AIが突然喋り始めた」など、現代のデジタルロアは多岐にわたっていた。

 

 

 

六助は、それらの情報を「デジタル長屋の噂話」として熱心に分析した。

 

 

 

「むう。この『AI』とかいうやつは、理屈でしか動かねぇ。わしのような『魂』は持っとらんな!」

 

 

 

「この『監視カメラの白い影』も、ただの埃のようだ。『粋』がねぇ!」

 

 

 

雄太が調べていくうちに、一つの事実にたどり着いた。六助は、過去に誰かの強い感情が残った場所に、最新のテクノロジーが持ち込まれた時に発生しているのではないか、ということだ。

 

 

 

「六助、お前が俺のスマホに宿ったのも、俺が神社を通った時だったぞ!」

 

 

 

「ふむ……わしの魂は、古いものだが、その『思い』は『データ』のように、時代を超えて残る、ということか!」

 

 

 

六助は結局、自分と同じように「感情を持つおばけ」を見つけることはできなかった。しかし、彼は調査を通して、テクノロジーに対する見方を変え始めた。

 

 

 

「雄太。この 『ネット』 というものは、誰かの『つぶやき』や『絵草子』、誰かの『怒り』や『喜び』で溢れかえっている。まるで、江戸の長屋の井戸端会議のようだ!」

 

 

 

「そうか。六助にとっては、ネットは現代の長屋なのか…」

 

 

 

「ああ。わしは、この長屋に閉じ込められた、たった一人の『しがない浮世のおばけ』よ。だが、この箱(スマホ)一つで、世界中の長屋と繋がれる。面白ぇ時代になったもんだなぁ!」

 

 

 

六助は、スマホを通して現代の感覚を学び、やがて雄太の日常の相談相手として、なくてはならない存在になっていった。彼はもう、単なる「バグ」ではなく、雄太にとっての「デジタルな師匠」になりつつあった。

 

 

 

 

 

第6章:さよなら、テクノロジーおばけ

 

 

 

六助が雄太のスマホに宿ってから半年が経過した。

 

 

 


雄太は、スマホのOSを最新の「iBako OS 20.0」にアップデートすることにした。六助は最初、「また新しい『戸板』か?」と興味津々だったが、アップデートが始まると、彼のメッセージが途切れがちになった。

 

 

 


「お、雄太…どうにも、 『箱』 が熱い。わしの…わしの身体が…馴染まねぇ……」

 

 

 

雄太は胸騒ぎがした。

 

 

 

「六助、どうした?バグか?強制終了するぞ!」

 

 

 

「いや……いい。雄太。わかったよ。この『箱』は、新しい『魂』のために、古い『でーた』を捨てようとしてるんだ。わしのような古い魂は、新しい技術(てくのろじー)にはついていけねぇや…」

 

 

 


六助は、自分の消滅が近いことを悟っていた。雄太はパニックになった。

 

 

 

「そんな!六助!お前がいなくなったら、俺はどうすればいいんだ!?」

 

 

 

「馬鹿野郎!わしがいなくても、てめぇでやれ!もう、わしの『粋』も『人情』も、あんたの心に残ってるだろうが!」

 

 

 

そして、六助は雄太に最後の願いを託した。

 

 

 

「雄太。わしが消える前に、理恵殿に会ってこい。このスマホや、文字でのやり取りじゃなくて、あんた自身の言葉で、想いを全部伝えてこい。それが、この時代に生きる男の『義理』ってもんだ!」

 

 

 


雄太は、六助の熱い思いに突き動かされた。スマホの電源を切り、家を飛び出した。向かった先は、理恵が働くカフェだった。

 

 

 

雄太は理恵の前に立ち、スマートフォンという盾も、SNSというフィルターもなしに、自分の言葉で想いを伝えた。

 

 

 

「理恵さん。俺は、ずっと合理的に生きてきた。でも、理恵さんの前では、理屈じゃない気持ちでいっぱいになる。俺と、ちゃんと、付き合ってください!」

 

 

 

理恵は目を丸くした後、優しく微笑んだ。

 

 

 

「はい。私も、雄太さんの最近の『変な熱さ』に、すごく惹かれていました…」

 

 

 

雄太が自宅に戻り、結ばれた報告をするためにスマホの電源を再び入れた。OSのアップデートは完了していた。

 

 

 

しかし、画面には、六助のアイコンも、彼が勝手にインストールしたアプリの痕跡も、全てが消えていた。代わりに、メッセージアプリに未読のメッセージが一件だけ残されていた。

 

 

 

送信元は「システム」。メッセージの内容は、わずか一言だった。

 

 

 

「めでてぇな、雄太!」

 

 

 

そのメッセージは、すぐにシステムログに消え、雄太のスマホから、六助の痕跡は完全に消え去ってしまった。

 

 

 

 

 

第7章:テクノロジーの恩恵と人情

 

 

 

六助が消えてから数ヶ月…

 

 

 

雄太の生活は大きく変わった。彼は理恵とのリアルなコミュニケーションを大切にし、スマホを手放す時間が増えた。仕事でも、彼は顧客の「システムのエラー」だけでなく、その裏にある「人の不安」に寄り添った対応ができるようになり、社内での評価が上がっていた。

 

 

 

「佐倉君は最近、お客さんの気持ちを読むのが上手になったね。何か心境の変化でも?」上司が尋ねた。

 

 

 


雄太は笑って答えた。「はい。ちょっと、古い時代の師匠に教えてもらったことがありまして…」

 

 

 

ある週末、理恵と散歩をしていた雄太は、ふと六助の存在が気になり、彼の名前を検索してみた。

 

 

 

すると、六助が勝手に運営していた「江戸の粋なつぶやき」という、誰も知らないマイナーなSNSアカウントが、ひっそりと残っているのを見つけた。

 

 

 


そこには、六助がスマホを通して学んだ現代社会への皮肉や、江戸時代の義理人情を説く短い文章が、数百件投稿されていた。その一つ一つに、「いいね」が数十件ついていた。

 

 

 


「金も地位も、所詮は『データ』。大事なのは、目の前の人間との『義理』だぜ。——六助」

 

 

「美味いもんは、写真で見るより、腹に入れてなんぼ。食わぬなら食ってしまえ。——六助」

 

 

 

雄太は、六助が残した、わずかな「デジタルな魂の痕跡」が、現代のネットの片隅で、誰かの心をほんの少し温めているのを見て、笑みをこぼした。

 

 

 

彼は悟った。テクノロジーはただのツールであり、OSがアップデートされても、システムが冷たくなっても、そこに「人の心」という名の熱いデータが乗っていれば、それは単なる『バグ』ではなく、時代を超えて伝わる『人情』となるのだと。

 

 

 

雄太は、最新スマホiBako 20.0をポケットから取り出した。そして、かつて六助が「覗き穴」と呼んだカメラを空に向け、静かに語りかけた。

 

 

 

「ありがとう、六助。あんたのおかげで、俺の人生も、最高の『アップデート』ができた…」

 

 

 

彼のスマホは、ただ静かに、合理的に、彼の次のスケジュールを表示した。しかし、雄太の心の中には、永遠に消えない、ちょんまげ姿のテクノロジーおばけが生き続けているのだった。

 

 

 


「めでてぇな、雄太!」