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SCENE#91  ほら、関係者が聞いてるぞぉ! The Insiders Are Listening


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🌟 第1章:極秘会議、始まる!

 

 

 

劇団アポロの稽古場は、創立50年の歴史を感じさせる、独特の熱気とカビの匂いが混じり合っていた。その片隅にある、防音設備がおざなりな会議室で、劇団の運命を左右する極秘会議が密やかに、しかし大声で開かれようとしていた。

 

 

 

 

テーブルを囲むのは三人だ。まず、座長であり、劇団の精神的支柱である大河原 剛。彼は古き良き演劇人であり、声帯のボリュームは常にホール公演並みだ。次に、劇団の現実的な側面を一手に引き受ける事務担当、真壁 涼子。彼女の顔には、この座長に振り回されることへの諦めと疲労が滲んでいる。そして、宇宙解釈の超大作を推し進める神経質な演出家だ。

 

 

 

「いいか、真壁!演出家!」大河原は、身を乗り出し、机を叩いた。「この話は極秘中の極秘だぞ!絶対に誰にも聞かれてはならん!」

 

 

 

 

真壁は、思わず自分の耳を塞ぎそうになった。(座長、声が大きすぎます!絶対に誰にも聞かれないように、もっと声量を落としてください!)と心の中で叫ぶ。主演俳優Aの突然の降板は、一刻も早く次の手を打つ必要があり、そのための候補者Bの評価は、外に漏れてはいけない重要な情報だった。

 

 

 

 

一方、壁一枚隔てた音響室。存在感の薄いベテラン音響係、静山 徹は、50周年記念公演のために導入した最新鋭の集音マイクの最終チェックを行っていた。マイクは、試しに会議室の天井裏に設置されている。

 

 

 

 

静山がイヤホンを装着し、感度を調整した瞬間、耳元で雷が落ちたかのような大音量が響き渡った。

 

 

 

 

「絶対に誰にも聞かれてはならん!」

 

 

 

 

静山は驚きのあまり椅子から転げ落ち、慌ててマイクの感度を最低まで下げた。心臓をバクバクさせながら、彼はまたイヤホンを耳に戻す。彼の脳裏に、座長がいつも言っている「俳優は常に何かを聞かれていると思え!」という言葉が蘇った。静山は、運命的に、彼らの「極秘会議」の最初の、そして最も重要な「関係者」となってしまったのだった。彼の顔は、すでに青ざめ始めていた。

 

 

 

 

 

 

🔪 第2章:物騒な言葉の連発

 

 

 

極秘会議は、降板した主演俳優Aへの座長の怒りの爆発から始まった。

 

 

 

 

(会議室の音声) 大河原: 「あのAめ!降板の理由が『宇宙解釈に耐えられない』だと?宇宙はそんなに甘くないんだ!あいつの行為は、劇団への裏切りだ!もう、この劇団から完全に消す!二度とアポロの舞台には立てんようにする!」

 

 

 

 

真壁: 「座長、気持ちは分かりますが、契約上、彼の名前を劇団の名簿から抹消するのは可能です。法的に『消す』のは…」

 

 

 

 

大河原: 「いや、名簿だけではダメだ!もっと根本的に、俳優としての人生そのものを白紙にする!この舞台の記憶を、奴の人生から永久に抹殺する!それが奴への最大の罰だ!」

 

 

 

 

静山は、耳に響く「消す」「白紙にする」「永久に抹殺する」という物騒な言葉の連発に、全身の毛が逆立つのを感じた。彼は音量を絞ったはずのイヤホンを外し、自分の耳がおかしくなったのかと確認したが、再び装着すると、座長の怒号はまた鮮明に聞こえてきた。

 

 

 

 

(静山の思考) 『ま、まさか、座長は衝動的に俳優の殺人計画を立てているのでは!?しかし、俳優の人生をどうやって「白紙」に…?薬物?それとも脅迫?いや、熱血漢の座長がそんな…いや、熱血漢だからこそ、衝動的に…!』

 

 

 

 

その疑念を抱えたまま、彼は次の次期主演候補Bの話を聞くことになる。

 

 

 

 

大河原: 「しかし、候補Bの演技には決定的な過去の闇がある。奴をこの舞台で輝かせるためには、まずその闇を葬らねばならん!」

 

 

 

演出家: 「闇ですか?ギャンブル癖のことですかね?それとも、元カノとのトラブルですか?」

 

 

 

大河原: 「違う!もっと深遠で、舞台の邪魔になる致命的な欠陥だ!それは、奴の『自意識過剰』だ!その自意識を、我々の手で永遠に墓場に送る!」

 

 

 

 

静山は、完全に冷静さを失った。『墓場に送る!?自意識過剰を!?いや、自意識過剰は比喩だろう!つまり、役者を墓場に送るということだ!座長は連続殺人を計画している!』静山は恐怖で手が震え、音響室のドアに鍵をかけるべきか迷い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

💰 第3章:金とヤツを縛る話

 

 

 

静山のパニックは、会議が金銭問題に移行することで、さらに加速する。

 

 

 

 

(会議室の音声) 演出家: 「宇宙解釈の超大作ですから、衣装やセット、特に、クライマックスの流星爆発装置は高額で…」

 

 

 

 

大河原: 「カネの問題は私が何とかする!いいか、誰も知らない隠しカネを使うしかない!この劇団が50年かけて積み立てた、秘密の口座だ!これは絶対の秘密だぞ!裏金だ!」

 

 

 

 

真壁: (小声で)「座長、それは税務署に提出している退職金積立口座です…裏金ではありません…」

 

 

 

 

大河原: 「黙れ真壁!大作のためなら、退職金など安いものだ!すぐにカネを動かすぞ!」

 

 

 

 

静山は、イヤホンの中で「隠しカネ!」「秘密の口座!」「裏金!」という言葉を聞き、これは殺人ではなく、「誘拐事件の身代金交渉」だと誤解を更新した。

 

 

 

 

『退職金口座を使う!?つまり、俳優Bを誘拐し、その身代金で劇団を潤す計画だ!』

 

 

 

その疑念を確信に変えるような言葉が、再び座長から発せられた。

 

 

 

 

大河原: 「そして候補Bだ!あいつの演技は不安定だ。舞台でブレないよう、稽古場でガッチリ縛り上げろ!」

 

 

 

演出家: 「縛り上げる?ああ、感情を固定させるために、舞台上の立ち位置をテープで強めに固定するということですね?」

 

 

 

大河原: 「そうだ!ロープと鎖を使ってでも、奴を逃がすな!演技から一歩もブレさせるな!」

 

 

 

 

(静山の思考) 『縛り上げろ!ロープと鎖!やっぱり誘拐だ!しかも人質は俳優B!?急いで誰かに知らせねば!このままでは、あの爆発装置で人質ごと爆破される!』静山は、身の危険を感じ、音響室から脱出することを決意した。彼は、マイクの電源を切ることさえ忘れ、耳にイヤホンをつけたまま、裏口へと走った。

 

 

 

 

 

 

👵 第4章:トメおばちゃんの介入と過去のゴシップ

 

 

 

静山が音響室を飛び出した先で、掃除道具を手に廊下を歩くトメおばちゃんを捕まえた。トメおばちゃんは劇団創立時からの唯一の古株で、劇団の裏表を知り尽くしている。静山はトメおばちゃんの肩を掴み、小声で、しかし切羽詰まった声で密告した。

 

 

 

 

「トメさん!大変です!座長が!俳優を隠しカネで縛り上げようとしています!そして爆破もするそうです!」

 

 

 

 

トメおばちゃんは、静山の手から掃除道具を静かに受け取り、彼の顔を覗き込んだ。彼女は動揺するどころか、懐かしむような微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「ああ、またかい…座長はいつも熱くなるとそうやって恋愛ライバルを縛り上げようとするんだから!」

 

 

 

 

(トメおばちゃんの思考) 『間違いないね。これは50年前のゴタゴタと同じだ。あの時も、座長は恋敵を舞台裏で縛り上げようとしたんだ。その暴走を止めるには、座長が一番大切にしているものを隠すのが一番…』

 

 

 

 

トメおばちゃんにとって、現代の犯罪計画はすべて、50年前の初代座長とそのライバル俳優の激しい恋愛トラブルの繰り返しにしか聞こえなかった。「隠しカネ」は「ライバルに贈るはずだった婚約指輪」、「爆破」は「恋愛の爆発」、「縛り上げろ」は「恋敵の動きを封じる」という具合に変換されていた。

 

 

 

 

「静山さん、大丈夫だよ。座長を落ち着かせるには、彼の一番大切なものを隠すのが一番だ!」

 

 

 

 

トメおばちゃんはそう言うと、静山を連れて、ロビーに飾られた劇団創立50周年記念の純金トロフィーの元へ向かった。彼女はトロフィーを抱き上げ、「これで座長も少しは冷静になるだろう…」と満足げに笑った。静山は「人質を救う前に、人質が大切にしているものを盗むのか…」と戸惑ったが、古株の指示に逆らえず、トロフィーの運び役となった。

 

 

 

 

 

 

 

🏃 第5章:混乱する舞台裏と追跡劇

 

 

 

会議室では、極秘会議がさらにエスカレートしていた。舞台演出の具体的な話が、裏方に聞かれると大変な誤解を生む言葉に変わっていく。

 

 

 

 

(会議室の音声) 大河原: 「ライバル劇団の妨害工作に負けてはならん!徹底的に妨害工作を仕掛けろ!上演中止に追い込むのだ!」

 

 

 

 

真壁: 「座長、それは広報活動のことですね?ライバル劇団の倍の量のチラシを配って、お客さんを奪い取る…」

 

 

 

大河原: 「そうだ!チラシでライバルを闇に葬るのだ!そして、クライマックスは、観客席を狙って爆発装置を起動させる!」

 

 

 

演出家: 「(小声で)演出の爆発シーンの光を観客席側に向ける、ということですね?」

 

 

 

 

静山は、イヤホンでこれを聞きながら、トメおばちゃんと共に、純金トロフィーを抱えて舞台裏を右往左往していた。静山は「次の犯罪は無差別テロか!」と怯え、トメおばちゃんは「ああ、あの頃もチラシの配り合いで大騒ぎだったねぇ…」と、まったく噛み合わない反応を示していた。

 

 

 

 

静山は、急いで「縛り上げろ」の証拠、つまりロープ類を確保しようと、小道具倉庫に向かう途中、トメおばちゃんの掃除カートに躓き、大量の小道具(鎖、ロープ、手錠)が掛かったハンガーラックを廊下にぶちまけてしまった。

 

 

 

 

その時、廊下の角から、次のオーディションのためにやってきた新人俳優Cが姿を見せた。彼は、廊下に散乱した鎖やロープを見て、目を輝かせた。

 

 

 

 

(新人俳優Cの思考) 『ああ、これが噂の「体を張った演出指導」の道具か!さすが劇団アポロ!自らを縛り、痛みを負うことで、宇宙の苦悩を表現するんだ!』

 

 

 

 

新人俳優Cは、静山とトメおばちゃんに会釈をすると、散乱したロープや鎖を拾い集め、自らの全身に勝手に巻き付け始めた。「この痛みが、宇宙の苦悩を表現する!」と呟きながら。静山とトメおばちゃんは、その異様な光景に目を見張ったが、「座長が縛り上げろと言っていたから、これも計画の内か…」と勘違いし、そのままトロフィーを隠す場所を探して走り去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

💥 第6章:最大の暴露と大混乱

 

 

 

極秘会議は、いよいよ終焉を迎えようとしていた。座長・大河原は、主演候補Bのイメージ刷新について、最後の決定を下した。

 

 

 

 

(会議室の音声) 大河原: 「主演候補Bには、舞台上で全く新しい姿を見せてもらう!よし!奴には、あの伝説のカツラを被せて、イメージを刷新させるぞ!カツラだ!これが決定だ!一番重要なカツラにしろ!」

 

 

 

 

静山は、イヤホンの中でその声を聞き、あまりの急展開と、犯罪の動機が理解不能なことに耐えられなかった。

 

 

 

 

(静山の思考) 『隠しカネ、誘拐、爆破、そして最後はカツラだと!?座長の犯罪の動機が理解不能だ!一体何が目的なんだ!?』

 

 

 

 

静山はショックのあまり、装着していた集音マイクのレシーバーを床に落としてしまった。レシーバーは「ピーーーーーーッ!」という強烈なハウリングを起こし、それが会議室のマイクを通して、会議室全体に大音響で響き渡った!

 

 

 

 

会議室の面々は、その大音響と、テーブルの隅に置かれた集音マイクの存在に、ついに気づいてしまった。

 

 

 

 

大河原: 「な、なんだこれは!?マイク!?」

 

 

 

真壁: 「座長、まさか…私たちの会話が…!?」

 

 

 

大河原は顔面蒼白になり、叫んだ。

 

 

 

「ほ、ほら、関係者が聞いてるぞぉ!」

 

 

 

 

その時、マイクのハウリングに驚いたトメおばちゃんは、トロフィーを抱えたまま、そして全身にロープを巻き付けた新人俳優Cと共に、会議室のドアを勢いよく開けて入ってきた!

 

 

 

 

「座長!やめてください!また恋愛トラブルですか!このトロフィーは預かります!」(トメおばちゃん)

 

 

 

「宇宙の苦悩は、このロープの痛みで表現できます!ぜひとも、私を主役に!」(新人俳優C)

 

 

 

 

秘密の会議は、最悪の形で、そして最高のドタバタと共に、暴露されたのだった。

 

 

 

 

 

 

🤝 第7章:秘密の解消と新たな旅立ち

 

 

 

会議室の中は、静山、トメおばちゃん、新人俳優C、そして座長・大河原ら劇団員による大混乱に包まれた。大河原は、マイクを回収しようと必死だが、新人俳優Cがロープで動けなくなっている。トメおばちゃんはトロフィーを抱きしめて離さない。

 

 

 

 

数分後、真壁がようやく状況を整理し、座長の「消す」「縛り上げろ」「隠しカネ」「爆破」「カツラ」の真意を説明した。

 

 

 

「消す」→ 俳優Aの悪行を劇団の記録から消すこと。

 

 

「縛り上げろ」→ 感情を固定させるための演技指導(ロープや鎖は比喩)。

 

 

「隠しカネ」→ 劇団の税務署に提出している退職金積立口座。

 

 

「爆破」→ 舞台上の特殊効果(爆発装置)のこと。

 

 

「カツラ」→ 候補Bのイメージ刷新のための、文字通りのカツラ。

 

 

 

 

すべての秘密の会話が、あまりにも地味で、現実的な仕事の話だったことが判明し、静山とトメおばちゃんは床に崩れ落ちた。トメおばちゃんは、トロフィーを返しながら「あら、恋愛じゃなかったのね…」と少し残念そう。新人俳優Cは「縛り上げは比喩だったのか…」と、急にロープの痛みが現実のものとなった顔をしていた。

 

 

 

 

大河原は、疲労困憊で座り込んだが、マイクで全ての秘密が筒抜けだったことには心底驚いていた。真壁は「座長の声が異常に大きい」という最大の秘密が、誰にも気づかれていなかったことに感謝した。結局、主演は「カツラを被って生まれ変わる」候補Bに決定。そして、この騒動は、劇団員と裏方の間に、皮肉にも奇妙な結束を生んだ。

 

 

 

 

大河原は、静山にマイクを返しながら、汗を拭った。

 

 

 

「静山。今度、秘密の話をする時は、マイクの感度を最大にしておいてくれ。どうせなら、大声で話した方が、勘違いされずに済むかもしれんからな!」

 

 

 

 

「わかりました!次回は、大声の秘密会議ですね!」

 

 

 

静山は、また大混乱が起きる予感に、そっとイヤホンの感度を最大に合わせた。

 

 

 

秘密は持つものではない…隠そうとすればするほど、大声でバラされるのだ…