SCENE

誰かの朝、誰かの夜。 すれ違う時間の中に、物語はひっそりと立ち上がる。 喜びや痛みが言葉になる前の、かすかな瞬間をすくい取るように。 これは、世界のどこかで息づく人々の、小さな「場面(シーン)」の記録です。by-魚住 陸 Riku Uozumi

SCENE#142  三枝投手のどこまでも不都合なプレッシャー Saegusa’s Chaotic Pitch Under Relentless Pressure

第1章:才能と豆腐メンタルの共存、そしてキャベツの悲劇

 

 

 

 


三枝 瞬はプロ3年目。野球の神が与えたような才能を持つ彼だが、マウンドで「これは重要な局面だ!」と認識した瞬間、脳内で警告音が鳴り響き、全身の筋肉が硬直する「プレッシャー・フリーズ」を発症してしまう。時速160kmの剛速球も、プレッシャーの前には「ただの置き物」と化すのだ。

 

 

 


ある試合、9回裏、1点差、満塁。監督の鬼塚 剛は、愛と信頼を込めて三枝に語りかけた。

 

 

 


「頼むぞ、三枝!ここが運命の分かれ目だ!お前の才能を信じているぞ!」

 

 

 


三枝は「運命」「分かれ目」「信じる」という「期待の三段活用」にプレッシャーを感じ、「運命を分けるなんて、神からの途方もないプレッシャーだ!」と突然パニックになり、次の球を観客席のビールの売り子めがけて投げつけた。ビールは溢れたが、幸い、誰も怪我はしなかった…

 

 

 

 


三枝のメンタルを救うため、心理トレーナーのマキが考案したのが、有名な「キャベツ暗示プログラム」だ。「マウンドに立つときは、観客は全員キャベツだと思い込むこと!キャベツは口も聞かなければ、プレッシャーもかけない!」というもの。

 

 

 

 

しかし、三枝はテレビ中継でアップになった自分の顔を見て、「キャベツに囲まれて投げている自分が、最もプレッシャーだ…」と感じてしまい、自己暗示は失敗に終わってしまった。さらに、試合後、三枝はストレスで無意識にキャベツを大量に購入し、ロッカールームがキャベツの山になるという「キャベツの悲劇」を引き起こした。

 

 

 

 

 

 


第2章:背番号に隠された不都合なプレッシャーと轟の宣戦布告

 

 

 

 


監督の鬼塚は、三枝に、これ以上余計な期待をかけないよう、背番号を「99」(「プレッシャーなんて、ないない」という、なんともわかりやすい願掛け…)に変更させた。しかし、三枝がこの新しい背番号で初登板する当日、チームの広報部が、新人歓迎会で泥酔したスタッフのミスで、彼の背番号を、前年引退した伝説のエースの永久欠番に近い「18」として発表してしまった。

 

 

 

 


三枝は電光掲示板に表示された「18」を見た瞬間、「伝説のエースの重圧」と「チームの期待値18倍」というダブルプレッシャーに直面し、そのままマウンド上で「プレッシャー・ショック」を起こして芝生の上で気絶した。マキは即座にマウンドへ駆け込み、倒れた三枝の耳元で「大丈夫よ、あなたは今、18個のキャベツに囲まれた砂場にいるの!砂場よ!」と奇声を発した。三枝は「18個のキャベツからの期待は、18人分のプレッシャーだ…」とさらに錯乱し、そのまま担架で運ばれてしまった。

 

 

 

 


この一件で、三枝の「豆腐メンタル」は、「プレッシャー連想ゲーム」の対象として全国に知れ渡ってしまった。特に、ライバルチームの4番打者、轟 雷太はここぞとばかり、三枝の弱点を徹底的に利用することを決意。轟は、対戦を前にSNSで「三枝くんはプレッシャーが燃料の僕にとって、最高のガソリンだぜ!」と公然と宣戦布告し、三枝のプレッシャーを増幅させ始めた。

 

 

 

 

 


第3章:完璧主義とルーティンの泥沼、そしてグローブの悲劇

 

 

 


三枝は、プレッシャーをなんとかコントロールするため、軍隊よりも厳格なルーティンを作り上げた。「マウンドへは、ホームベースから正確に17歩で踏み出す!」「投球前に、必ずグローブの縫い目を左へ3回、右へ5回なぞる!」「投球中、キャッチャーのサインが見えないよう、目を閉じて投球する!」などだ。

 

 

 

 


ある重要な試合。三枝は完璧なルーティンで、6回までノーヒットピッチングを続けた。しかし、7回表、マウンドに向かう際、グラウンド整備の係員が、三枝の18歩目の位置に、偶然にも「プレッシャーをテーマにしたポエム」を書き残した紙を落としてしまっていた。三枝はその紙を見た瞬間、ルーティンが完全崩壊し、プレッシャーに押しつぶされそうになった。彼は18歩目を飛び越えようとして失敗し、滑って派手に転んでしまった。

 

 

 

 


なんとかマウンドにたどり着いた三枝だったが、最後のルーティン、「グローブの縫い目を右へ5回なぞる!」を実行しようとした際、グローブの内側にチームメイトが善意で書いた「三枝さん、期待しています!!L・O・V・E!」というサインペンでの応援メッセージが目に飛び込んだ。

 

 

 

 


応援=期待=プレッシャーと瞬時に脳内変換した三枝は、再びフリーズ。その直後、審判がグローブに書かれた文字を発見し、「グローブへの不適切なメッセージの書き込み」で三枝に警告を与えた。マウンドに駆け寄ったマキトレーナーが「そのメッセージはキャベツからの無言の激励です!」と弁護するが、三枝は「キャベツが文字を書くなんて、文筆家としての途方もないプレッシャーだ…」と、ますます錯乱した。

 

 

 

 


打席には、ニヤリと笑う轟雷太がいた…轟はバットを肩に担いだまま、三枝に深々と頭を下げて「プレッシャーの神様、いつも最高の舞台をありがとうございます…」と囁き、三枝は完全に思考停止してしまった。

 

 

 

 

 

 


第4章:監督の愛情が呼ぶ悲劇的な誤解と「狂おしい重要性」

 

 

 

 


三枝を何とかして救いたい鬼塚監督は、マウンドへ行くたびに「これはただの練習試合だ!」という言葉をかけることに決めた。しかし、鬼塚監督は緊張すると声が裏返ってしまい、さらに、三枝への愛情が強すぎるためか、言葉に必要以上の熱量がこもってしまう。

 

 

 

 


8回裏、チームが1点リードのピンチ。鬼塚は三枝に近づき、三枝の目を真っ直ぐに見つめ、満面の笑顔で囁いた。

 

 

 


「いいか、三枝!これはただの…(声が裏返り、熱量がMAXに)…きょ、きょ、狂おしいほどに重要な練習試合だぞ!!しかも、もぉ、もぉ、お前の未来、ライオンズの未来、そしてこの街のラーメン屋の未来がかかっているぅ!!」

 

 



三枝は、「狂おしいほどに重要」「未来」「ラーメン屋」という、公私混同の究極のプレッシャーに、全身の感覚を失った。そして三枝は、マウンドのプレートから3メートルほど離れた、全く見当違いの方向で投球練習を始めてしまった。

 

 

 

 


審判が試合を止めようとする中、三枝は「ここは公園の砂場、ここは公園の砂場…砂場…砂…」と自己暗示を唱え続けるが、轟雷太のファンたちが観客席から一斉に「砂場で遊んでいる場合かよ!」「ラーメン屋の命運がかかっているぞ!」という野次を飛ばし、プレッシャーは最高潮に達してしまった。マキトレーナーは、三枝を鎮静化させるため、観客席のキャベツに向かって大声で「塩分ではなく、アミノ酸を補給してください!」と叫び続けた。

 

 

 

 

 

 


第5章:SNSの暴走と「プレッシャー回避動画」の炎上

 

 

 

 


三枝の「ラーメン屋の未来」発言を含む異常な行動は、即座にSNSで大炎上した。「#プレッシャー三枝」「#キャベツと砂場とラーメン屋」というハッシュタグがトレンド入りし、三枝は「国民からのプレッシャー」という、さらに巨大な敵に直面した。

 

 

 

 


マキトレーナーは、三枝を救うため、「プレッシャー回避のための10の方法」と題した動画を制作し、三枝の公式SNSアカウントで公開することを決定した。動画内で、三枝は憔悴しきった真顔で「私はキャベツです…」「砂場は宇宙より広い…」「ラーメンは醤油が一番…」などと語り、ファンに「プレッシャーを笑い飛ばすこと」を呼びかけた。

 

 

 

 


ところが、この動画が流出したことで、三枝はさらに猛烈な炎上と批判に晒された。「ファンを馬鹿にしている!」「遊んでるんじゃないの…」「味噌ラーメン派への冒涜だろ!」という批判が殺到。三枝は、「国民からのプレッシャー」を通り越し、「国民の総意という名のプレッシャー」に完全に戦意を喪失してしまった。

 

 

 

 


次の試合の入場時、三枝はスタンド一面に掲げられた「巨大なキャベツの段ボール」と「味噌ラーメンの巨大な写真」を見て、またもや、倒れそうになった。轟雷太のファンたちは、三枝の弱点を徹底的に追い詰めるため、彼の動画の内容を皮肉った史上最大のプレッシャーアートを完成させていた。

 

 

 

 

 

 


第6章:最後の自己暗示と轟雷太の真のプレッシャー

 

 

 

 


9回裏、同点。相手チームはノーアウト満塁、サヨナラの絶体絶命のピンチ。打席には、鬼の形相の轟雷太。三枝はすでに限界で、マウンド上でキャベツの匂いを嗅いで気を保っていた。

 

 

 


マキは、最後の策として、三枝に「この試合、誰も見ていません!あなたは一人で、自分のための最高のピッチングをしているの!」という自己暗示を耳元で囁いた。三枝はマキの言葉を信じ、心を落ち着かせ、投球フォームに入った。しかし、その瞬間、轟雷太がタイムを要求した。轟はマウンドに歩み寄り、三枝の目を見て、静かに、そして真剣なトーンで言った。

 

 

 

 


「三枝!今、この球場の7万人、テレビの前の数千万人が、君のプレッシャーが原因で、最高のピッチングをするのを期待している!その期待こそが、君の才能の証だ。逃げるな!さあ、最高のプレッシャーの中で、俺を抑えてみろ!そして、ラーメン屋の未来を救ってみせろよ!」

 

 

 

 


轟は、あえて「プレッシャー」という言葉を使い、逃げ道を塞いだ。しかし、その言葉には、嘲笑ではなく、三枝の才能への純粋なリスペクトと、監督がかけた「ラーメン屋の未来」というプレッシャーをも肯定するユーモアが込められていた。三枝は、初めて「プレッシャー」を「最高の舞台への招待状」というポジティブなものとして認識した。三枝は、恐怖と高揚感が混ざった感情の中で、渾身のストレートを投げ込んだ。轟はそれを完璧に打ち返し、打球はレフトへ。

 

 

 

 

 

 


第7章:プレッシャーの共存と新たなスタート(キャベツとラーメン)

 

 

 

 


打球は、レフトの頭上を越えようとするが、わずかに失速し、レフトフライとなった。チームはサヨナラ負けを回避し、延長戦へ持ち込むことができた。三枝はマウンド上で崩れ落ちた。しかし、それはフリーズではなく、安堵によるものだった。

 

 

 


試合後、三枝は轟雷太に近づいた。

 

 

 

 


「轟…なぜ、あんなことを言ったんだ?特に、ラーメン屋の…」

 

 

 

 


轟は笑った。

 

 

 

 

「俺は、お前の才能にプレッシャーをかけているんじゃない。俺自身の野球人生のプレッシャーを、お前と分かち合いたかっただけだ!最高の舞台で、最高の才能と戦うこと。それこそが、俺たちのプレッシャーだ。あと、あのラーメン屋、鬼塚監督の行きつけらしいぞ。監督の胃袋を守るプレッシャー…だと思えばいいんじゃないか?」

 

 

 

 


三枝は、プレッシャーを「失敗の可能性」としてしか捉えられなかったが、轟の言葉は、「プレッシャー」が「最高のパフォーマンスへの期待」であり、「監督の胃袋を守る責務」でもあることを教えてくれた。

 

 

 


その後も、三枝のメンタルが劇的に治ったわけではなかったが、彼はマウンドに立つ際、マキの「キャベツ」暗示に加えて、「このキャベツは、今、日本の野球の未来と、監督の胃袋、そしてあのラーメン屋の未来を担うという、最高のプレッシャーを背負っている!」という新たな、公私混同を許容した自己暗示を加えるようになった。

 

 

 

 


三枝は、今日も相変わらずマウンドでフリーズしかける。しかしそれを「プレッシャーという名の期待」として受け入れ、「プレッシャーと共に投げる」という独自のスタイルへ変換した。三枝のロッカーには、いつも新鮮でフレッシュなキャベツと、あのラーメン屋のチラシが置かれるようになった。

 

 

 

 


三枝投手のプレッシャーは、彼の投球人生から消えることはないだろう。それはもはや、彼の才能を押し潰すものではなく、彼の個性の一部となり、最高のプレッシャーの中で最高のピッチングを追求する、新たなドタバタエースの伝説の始まりを告げるものだった…

 

SCENE#153 五十嵐パパのどこまでも不都合な家に帰りたくない病 Papa Igarashi’s Reluctant-Home Chaos - SCENE