SCENE

誰かの朝、誰かの夜。 すれ違う時間の中に、物語はひっそりと立ち上がる。 喜びや痛みが言葉になる前の、かすかな瞬間をすくい取るように。 これは、世界のどこかで息づく人々の、小さな「場面(シーン)」の記録です。by-魚住 陸 Riku Uozumi

SCENE#153  五十嵐パパのどこまでも不都合な家に帰りたくない病 Papa Igarashi’s Reluctant-Home Chaos

第1章:終業ベルとサバイバルの始まり — 瞑想スポットを探して

 

 

 

 

 


終業のベルが鳴り響く。その音は、五十嵐大地(パパ)にとっては「まっすぐ家に帰れ!」という静かな脅迫に聞こえた。彼の脳裏には、家に帰れば待ち受ける「不都合な現実の数々」が、高解像度のホログラムのように再現されるのだ。

 

 

 

 

 

妻の遥(ママ)が持ってくる、VRゴーグルと連動した最新型加圧スーツ。「パパ、今日のノルマよ。体脂肪が燃焼する音を聞いて!」というママの声。隣では、ヘッドフォンから爆音を漏らす息子の翼(高校生)が、ドローンの配線に引っかかって転倒し、娘の雫(小学生)がリビングで炭酸ナトリウムとクエン酸の混合実験を始める音と泡。

 

 

 


「ダメだ、今日も帰れない!俺の体脂肪は、家族の愛という名の圧力に耐えられない!」

 

 

 


パパは、ロッカーから古いレインコートを取り出し、会社を飛び出した。いつもの帰路とは逆方向の「パパの逃亡ルートA」を、腰痛を忘れたかのような猛スピードで進む。いつもなら彼は、スマホのGPSを切るのを忘れない…が、今日に限って忘れてしまった。

 

 

 


裏道の公園の奥、古びたトーテムポールの陰に潜伏し、まずは息を整えるパパ。ここは彼のリサーチによる「都市型サバイバルにおける効率的な瞑想スポット」の一つだった。彼は安心しきって、会社で隠れて飲もうと持参した高級缶コーヒーを開けた。

 

 

 

 


その瞬間、「五十嵐さん!? こんなところで何を!」と背後から声が。それは、会社で「家族愛の伝道師」としてパパを崇拝している後輩、竹内だった。竹内はパパの姿を見て感激し、スマホを構えた。

 

 

 

 

「さすが五十嵐さん!家族サービス後に、ご自分の心と向き合っているんですね!」

 

 

 

 

パパは青ざめた…

 

 

 

 

「やめろ、竹内!これは秘密の...『都市型サバイバルにおける効率的な瞑想スポットのリサーチ』だ!決して、帰宅拒否なんかではないぞ!」

 

 

 

 

パパは、後輩の目を欺くために、トーテムポールの周りを奇妙なダンスのように回り、最後に猫よけのネットに絡まりながら、公園から脱出した。彼の逃亡劇は、すでに会社のSNSで「#五十嵐部長のスピリチュアル修行」として拡散され始めていた。

 

 

 

 

 

 


第2章:コンビニエンスストアの長期滞在計画 — 秘密とパンの行方

 

 

 


猫よけネットの繊維をスーツから払いながら、パパは次の潜伏先である、自宅から最も離れたコンビニエンスストアへと転がり込んだ。パパの理論では、「監視カメラが多く、照明が明るく、常に店員がいる場所は、家族の追跡を最も受けにくいはず!」というものだった。

 

 

 

 


パパは「コンビニ長期滞在作戦」を決行した。まずは、Sサイズのコーヒーとエナジードリンクを購入し、釣具雑誌コーナーへ。彼は、まるで雑誌のバーコードの一部であるかのように静止し、視線を動かさずに約1時間経過させた。しかし、レジにいたのは、息子の翼の高校の先輩であるアルバイト、健吾だった。健吾は不審に思い、パパに声をかけた。

 

 

 

 

「お客さん、あの...さっきからずっと同じ、イシダイのページ見てますよね?」

 

 

 


パパはギクリとし、雑誌を顔に押し付けながら、低い声で囁いた。

 

 

 

 

「シッ!私は、このイシダイの鱗の数から、宇宙の法則を読み取っているんだ。これは、極秘の『宇宙フィッシング研究』だ!」

 

 

 

 

健吾は、本気でパパを「怪しい常連客」として通報しようと、耳元のインカムに手を伸ばした。
その頃、自宅の遥(ママ)は、GPSでパパがコンビニにいることを確認した。

 

 

 

 

「今日はGPSを切るのを忘れたのね、あの馬鹿...またあそこで時間を潰しているわ…」と冷静に分析。息子・翼は、自作の「AIホームセキュリティシステム」のログを解析し、「パパは釣具雑誌の前に1時間12秒静止。完全に『瞑想スポット』として利用しています!」とママに報告した。

 

 

 

 

娘の雫は、パパが朝食に落とした「特製カボチャペースト入りパンのカス」をビニール袋に入れ、「パパの匂いの痕跡だ!」と叫び、ママの目を盗んで、コンビニエンスストアへと向かっていた。雫は、パパの逃亡を「パパからの挑戦状!」と捉え、鼻を鳴らしながら、パパが落としたパンのカスを追跡していた。

 

 

 

 

 


第3章:VRゴーグルと強制スクワットの恐怖 — 大惨事のVR暴露

 

 

 

 


先輩店員の通報を間一髪で回避したパパは、コンビニから飛び出し、近くの体育館の更衣室に逃げ込んだ。「フゥ...ここなら、ジムの喧騒で、僕の心音が誰にも聞こえないはず…」と、安堵の息を漏らした瞬間、ロッカーの陰から、翼が静かに現れた。翼は、最新型の超薄型VRゴーグルと、Bluetoothで接続されたママの加圧スーツを抱えていた。

 

 

 

 

 

「パパ、逃げてもムダだよ。家族の絆は、デジタルの力で強化されるんだ!」

 

 

 


翼は容赦なくパパにVRゴーグルを装着させた。

 

 

 

 

「パパ、健康診断の結果を3Dホログラムで再現するよ。パパの肝臓に脂肪が蓄積していく未来を、高解像度で見るといい!」

 

 

 

 

パパの視界には、テカテカ光る巨大な肝臓の塊が迫り、強制的にスクワットを促す音楽が流れ出した。

 

 

 

 

「頼むやめてくれ!俺の肝臓は、まだ、会社の懇親会で頑張っているんだ!」

 

 

 


パパは必死にもがき、VRゴーグルを頭から引きはがそうとしたが、ゴーグルは強固に固定されていた。彼は最後に残された手段として、ゴーグルの外部電源コードを、ロッカーの金具で強引に引きちぎった。

 

 

 


VRの映像は消滅したが、音声ケーブルが、更衣室の外部スピーカーに繋がったまま残されていた。VRゴーグルから流れるのは、事前に翼が録音したママの戦闘的なボイス。「さあ、パパ!もっと深く!体脂肪を許すな!愛のスクワットよ!」という絶叫が、体育館全体、そして開いていた窓を通して夜の街に響き渡った。パパは、自分の体脂肪率と情けないスクワットの悲鳴が街中に知れ渡った屈辱と恐怖から、更衣室の窓を破って「体脂肪の暴露」から逃亡した。

 

 

 

 

 


第4章:秘密基地作戦と娘の科学実験 — スライム・ビール・シャワー

 

 

 

 


体脂肪率暴露の危機を乗り越えたパパは、最後の心の聖域、幼少期に使っていた廃材置場奥の秘密基地を目指した。彼は、秘密基地にたどり着き、懐かしさになぜか涙ぐみながら、潜伏用に持参した高級缶ビールを開けようとした。

 

 

 

 

「よし、ここでなら、誰にも邪魔されない。心の安息だ…」

 

 

 


しかし、パパがビールを開けようとした瞬間、暗闇の中から七色に光る物体がパパの顔面にぶつかった。雫だった。

 

 

 


「パパ!見っけ!助っ人発見!」

 

 

 

 


秘密基地は、いつの間にか娘の雫が最近見つけた「光る泥団子を作るための科学実験ラボ」になっていたのだ。雫はパパを「助っ人」とみなし、強力な粘着力を持つ「パパを固めるスライム」の試作を始めていた。

 

 

 

 

「パパ、これね、光る泥団子を完璧にコーティングする粘液だよ!まずは、パパのスーツで粘着力を試すね!」

 

 

 


パパは絶叫した。

 

 

 

 

「待て、雫!パパは泥団子じゃない!粘着されるのは、パパの給料と、会社の評判だけで十分だ!」

 

 

 


パパはスライムから逃げ回るが、雫の投げるスライムは驚くほど正確だった。逃げる最中、スライムがパパが開けようとした缶ビールに見事に直撃。「粘着スライム・ビール爆弾」が爆発し、パパは、七色に光る泥団子、ネバネバのスライム、そして生温かいビールの泡まみれという、もはや人間ではない悲惨な姿になった。パパは、誰にも見せられない姿になったことで、かえって「この姿なら、逆に誰にも見つからないかもしれない…」と、哲学的な諦めを感じ始めた。

 

 

 

 

 


第5章:家の中の不都合とパパの懺悔 — 泡の雪崩と愛の分析

 

 

 

 


光るスライムとビールまみれの姿では、もはや外で潜伏は不可能だった。パパは、最後の手段として、自宅の庭の植え込みに潜伏し、夜中にこっそり裏口からシャワーを浴びることを決意した。

 

 

 

 


リビングの窓越しに、パパは家族の会話を聞いた。ママは冷静沈着だった。

 

 

 

 

「パパの逃亡癖は、私たちが提供する愛の圧力が強すぎるというサインよ。パパは、私たちの幸せに追いつけていないのね…」と、まるで心理学者のように分析。

 

 

 

 

翼はイヤフォンを外し、「パパの逃亡ルートは、パターンが単純だよ。僕のAIは、次の潜伏先をすでに98%の精度で予測しています!」と、まるでパパがゲームの敵であるかのように報告。

 

 

 

 

雫は、テレビを見ながら「パパは、私たちを試すための、影のヒーローごっこをしているんだよ!また、泥団子の実験台になってくれるかな!」と、無邪気に喜んでいた。

 

 

 

 


パパは、窓の外でスライムまみれになりながら、涙を流した。

 

 

 

 

「なんてことだ。俺は、愛されているがゆえの不都合から逃げていただけだったのか…」

 

 

 

 

パパは、自分の帰宅拒否症という逃亡癖を深く反省し、家族の元へいざ帰る決意を固めた。意を決して裏口のドアを開けた瞬間、洗面所から大量の泡が勢いよく噴き出し、庭まで雪崩のように広がり始めた。どうやら雫が、粘着スライムの原料を、石鹸と間違えて洗濯機に入れてしまったらしい。パパは、結局洗濯槽から溢れ出した泡まみれになり、家の中も外も、不都合で満ちているという究極の真理を悟った。

 

 

 

 


第6章:究極の追い込み漁と妻のサプライズ — サウナと監視網

 

 

 

 


スライムが泡まみれになりながら、パパはリビングのドアの前で立ち尽くしていた。もう、どこにも逃げ場はないのだ。逃亡は、家族の愛と、科学の力で完全に今や封じ込められた。パパは再度、意を決して、リビングのドアを開けた。

 

 

 

 


リビングには、泡を拭きながらも、ママと子供たちが真剣な顔でパパを見ていた。ママが、最も深刻なトーンで切り出した。

 

 

 

 

「パパ、話があるの…」

 

 

 

 

パパはついに、自分の逃亡癖についてのお説教を覚悟し、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

「分かっている。もう逃げない…だから、VRスクワットだけは...二週間に一度にしてくれ!頼む!」

 

 

 


しかし、ママが取り出したのは、説教道具ではなく、豪華なパンフレットだった。それは、パパが心の底から夢見ていた「理想のサウナ付き別荘の無料宿泊券」だった。「あなた、最近本当に疲れているから、今度二人でゆっくり行きましょう!」というママの優しい言葉に、パパは感動で泡を拭いながら号泣した。

 

 

 

 

 

「遥!愛している!君は、僕の、究極の理解者だ!」

 

 

 

 

 


しかし、感動の涙が乾ききる前に、息子の翼がタブレットを指差した。

 

 

 

「ママ、僕ね、この別荘の場所、調べたんだ。この住所、僕の高校の、まさに真裏だよ!」

 

 

 

 

翼は冷ややかに笑い、「これでパパがサボる心配もないね!だって、授業中、サウナ室の窓からパパの姿が見えるかもしれないもんね!」と告げた。パパは、最高の安息地が、究極の監視下に置かれているという事実に、膝から崩れ落ちた。家族の愛(という名の監視網)は、彼の想像を遥かに超えて緻密だった。

 

 

 

 

 

 


第7章:束の間の休息と新しい逃亡計画 — 家族愛という名の戦い

 

 

 

 


後日パパは、監視されながらも、ママと二人、サウナ付き別荘へ向かった。そして、ついに一人きりの静寂なサウナを手に入れ、汗と涙を流し、至福の時を過ごした。

 

 

 

 

「ああ、これこそが真の安息...。人生の逃げ場...」

 

 

 


しかし、サウナの扉を開けると、そこには、雫が持ち込んだ「光る泥団子」が大量に置いてあり、熱で蒸発した泥団子の化学物質がサウナの光と反応し、別荘全体が七色に、そして微かにカボチャペーストの匂いとともに光り始めていた。

 

 

 

 

「ゲッ…」

 

 

 

 


パパは悟った。どこへ逃げても「家族の愛という名の不都合」は避けられないのだ。家族の愛情は、VR、AI、化学実験、そしてサウナの熱を利用して、彼をどこまでもひたすらに追いかけてくるのだ。

 

 

 


彼は、窓から遠くに見える自宅を眺め、新たな「家に帰りたくない病」の治療法を立て始めた。それは、「家族の不都合を、彼らが実行する前に先回りして解決する!」という、究極のサバイバル計画だった。

 

 

 

 

VRゴーグルを破壊し、雫の化学実験を全て把握し、妻の健康器具をどこかへ隠す。この戦いは永遠に続くことを知りながら、五十嵐大地は静かに、そして決意を込めて、七色に光るサウナ室の扉を閉めた。彼の戦いは、「家族の不都合な愛」と共にある限り、終わることはないのである…

 

SCENE#160 法念住職のどこまでも不都合なお葬式 The Chaotic Funeral of Priest Hōnen - SCENE