SCENE

誰かの朝、誰かの夜。 すれ違う時間の中に、物語はひっそりと立ち上がる。 喜びや痛みが言葉になる前の、かすかな瞬間をすくい取るように。 これは、世界のどこかで息づく人々の、小さな「場面(シーン)」の記録です。by-魚住 陸 Riku Uozumi

SCENE#160   法念住職のどこまでも不都合なお葬式 The Chaotic Funeral of Priest Hōnen

第1章:遺言はゲーミングVRゴーグルで

 

 

 

 


山奥の静寂に包まれた古刹、珍妙寺(ちんみょうじ)。享年99歳。大往生を遂げたはずの名物住職・法念(ほうねん)の通夜が始まろうとしていた。本堂には厳粛な黒と白の幕が張られているが、その裏で弟子の良念(りょうねん)は脂汗をかいていた。

 

 

 


「住職……最後の最後まで、何を考えていたんですか……」

 

 

 


良念の手には、遺品整理で見つけた『遺言』と書かれた桐箱。しかし中に入っていたのは、なぜか虹色に点滅する最新鋭のゲーミングVRゴーグルだった。
恐る恐る装着した瞬間、視界は極彩色のサイバースペースへ。そこには、ミラーボールの下でパラパラを踊る3Dアバターの法念住職がいた。

 

 

 

 


『イエーーイ! メーン! 良念、見てるか? ワシの人生のフィナーレ、湿っぽいのは厳禁じゃ! タイトルは【法念フェスティバル2025 ~極楽浄土へブチ上げナイト~】にするんじゃ!』

 

 

 


「ブチ上げ……!?」

 

 

 


良念は膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 


『ちなみに、会場BGMのプレイリストはクラウドに上げといたぞ。パスワードは「BOUZU_LOVE」じゃ!』

 

 

 


現実世界に戻った良念の耳に、砂利を踏む音が聞こえた。地域一番の堅物、檀家総代の金田翁(かねだおきな)が到着したのだ。

 

 

 


「……終わった。僕の僧侶人生、今日で終わった…」

 

 

 

 

 

 


第2章:死後硬直は「ダブルいいね!」と「シェー!」

 

 

 


葬儀社「安らぎメモリアル」のベテランスタッフと良念が、納棺のために法念住職の遺体を確認した時、事態はより深刻さを増した。白装束に身を包んだ法念住職は、両手の親指を突き立てた「ダブル・いいね!」のポーズで完全に固まっていたのだ。しかも満面の笑みで…

 

 

 


「ちょ、ちょっと! これじゃ棺の蓋が閉まりませんよ!」

 

 

 


「押さえます! 良念さん、足の方をお願いします!」

 

 

 


スタッフが二人がかりで腕を押さえ込むと、テコの原理のように、今度は右足が「グワッ!」と上がり、往年のギャグ漫画のような「シェー!」のポーズで固定された。

 

 

 


「ひいい! あっちを立てればこっちが立つ! まるで人間知恵の輪!」

 

 

 


「ええい、強引に行きますよ! せーのっ!」

 

 

 


バキッ!!バキッ!!

 

 


鈍い音がして、棺桶の底板が抜けそうになる。

 

 

 


「ダメです! 不可能です!」

 

 

 


結局、緊急処置として棺の蓋に「親指用の穴」を二つドリルで開け、そこから突き出た二本の親指に数珠をかけるという、前衛芸術のようなスタイルで通夜を迎えることになった…

 

 

 

 

 

 


第3章:改造木魚はEDM仕様

 

 

 


通夜が始まった。厳粛な空気が流れる中、参列者たちは棺から突き出た「いいね!」の指を見て見ぬふりをしている。肩を震わせている者もいるが、それが悲しみなのか笑いなのかは不明だ。

 

 

 

 


良念は心を無にして、読経のために木魚を叩いた。

 

 

 


『ポク、ポク、ポク……』

 

 

 


よし、これならいける。そう思った矢先だった…

 

 

 


『ポク、ポク、ズン! チャッ! ズン! チャッ! ピロリロリロリ~♪』

 

 

 


突然、木魚から腹に響く重低音ビートと電子音が炸裂した。

 

 

 


「なっ!?」

 

 


良念が慌てて木魚を裏返すと、そこには『Bluetooth対応・重低音ウーファー内蔵・法念カスタムVer.3.0』の刻印が。さらに、叩く振動に反応して、木魚の目が七色に発光し、本堂の天井にミラーボールのようなレーザー光線を撒き散らし始めた。

 

 

 


「なんだこれは!? ディスコかここは!」

 

 

 


金田総代が激怒して立ち上がるが、ビートが良すぎて足踏みが合ってしまっている。

 

 

 


「止め方が…止め方がわかりません! 電源ボタンがないんです!」

 

 

 


良念が叩くのをやめても、オートリピート機能でビートはまったく止まらない。

 

 

 


『プチョヘンザ! プチョヘンザ!』

 

 

 


あろうことか、サンプリングされた法念住職の煽りボイスまで再生され始めた…

 

 

 

 

 

 


第4章:般若心経は暴露大会

 

 

 


「ええい、木魚は外に投げ捨てろ! 読経だ! 声だけで勝負して場を清めるんだ!」

 

 

 


良念は冷や汗で滑る手で、住職専用の立派な経本を開いた。しかし、そこにあるはずの般若心経は、マジックペンで塗りつぶされ、別の文章に書き換えられていた。タイトルは『愛する檀家たちの黒歴史・暴露経』。

 

 

 


「……観自在菩薩……」

 

 

 


良念は震える声で読み始めた。読まないと間が持たない。しかし、内容は地獄絵図だった。

 

 

 


「……実はー、金田総代はー、カツラであることをー、ひた隠しにしておりー、先日の強風の日はー、家から一歩も出なかったー……」

 

 

 


「ぶふっ!!」

 

 

 


静まり返った本堂に、誰かの吹き出す音が響く。

 

 

 


「さらにー、婦人会長のー、よし子さんはー、ダイエット中と言いつつー、夜中にこっそりー、羊羹を一本食いしているー……」

 

 

 


「やめてぇぇぇ!!」

 

 

 


よし子夫人の悲鳴がこだまする。

 

 

 


金田総代は顔を真っ赤にしてプルプルと震え、カツラがわずかにズレた。

 

 

 


「き、貴様ー!! 故人の言葉を借りて何を言うかー!!」

 

 

 

 

 

 


第5章:焼香は地獄のハバネロスモーク

 

 

 

 


「すみません! 全部経本に書いてあるんです! 次、焼香! 焼香で気分を変えましょう!」

 

 

 


良念は逃げるように焼香を促した。

 

 

 


怒り心頭の金田総代が、ズカズカと焼香台へ進む。

 

 

 


「ふん! わしが清めてやるわ!」

 

 

 


彼が抹香をひとつまみし、香炉の炭にくべた瞬間だった。

 

 


ボッ!!!

 

 


通常の煙ではなく、赤黒い不穏な煙が爆発的に立ち昇った。

 

 

 


「んぐっ……!? げほっ! ごほっ!!」

 

 


「な、なんだこの刺激臭は!?」

 

 

 


法念住職は、抹香の壺に『特製・激辛ハバネロパウダー』と『胡椒』、さらに『ワサビ粉末』を絶妙な比率でブレンドしていたのだ。

 

 

 


「目が! 目があああ!」

 

 


「鼻がもげるぅぅ!」

 

 

 


本堂は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した。上品な着物の婦人たちが涙と鼻水を流してのたうち回り、お茶を求めて給湯室へダッシュする。

 

 


「火事だ! いや、毒ガスだ!」

 

 


「違う、これは住職の『スパイス・オブ・ライフ(人生の刺激)』だ!」

 

 

 


誰かがうまいことを言ったが、誰も笑えない状況だった…

 

 

 

 

 

 


第6章:ホログラム住職とバトルロイヤル

 

 

 


全員が咳き込み、涙目で虚空を見つめる中、祭壇の遺影がウィーンとスライドし、巨大なプロジェクターが出現した。

 

 

 


『ホッホッホ! 泣いておるのう! ワシとの別れがそんなに辛いか!』

 

 

 


本堂の中空に、高さ3メートルはある巨大な法念住職のホログラムが投影された。

 

 

 


『湿っぽいのは終わりじゃ! ここでビッグニュース!』

 

 

 


ホログラムの住職が、懐から札束(の映像)を取り出した。

 

 

 


『実はな、この本堂の床下のどこかに、ワシがコツコツ貯めたヘソクリ100万円を隠しておいた! 早い者勝ちじゃ! さあ、トレジャーハントの開始じゃあ!』

 

 

 


その瞬間、檀家たちの目の色が変わった。

 

 

 


「100万だと!?」

 

 


「慰謝料代わりにもらってやる!」

 

 

 


「どけぇぇ! 俺が先だ!」

 

 

 


ハバネロの痛みも忘れ、参列者たちは畳を引き剥がし始めた。

 

 

 


バリバリ! メキメキ!

 

 

 


「やめてください! 文化財なんです! 床板をバールでこじ開けないで!」

 

 

 


良念が慌てて止めに入るが、興奮した参列者たちに突き飛ばされ、仏像の膝の上にスポーンと着地した。混沌とする本堂の上で、ホログラム住職だけが『あ、そこそこ! いや、もうちょい右!違うんだなぁ〜』と無責任に実況を続けていた…

 

 

 

 

 

 


第7章:サンバ・デ・出棺

 

 

 

 


結局、本堂の床は半壊。ヘソクリは見つからず(最後に出てきた映像で『嘘ぴょーん! ギャンブルで全部スッたわ!』と告白された…)、全員が疲労困憊でボロボロのまま出棺の時間を迎えた。霊柩車に棺が運び込まれ、蓋からは相変わらず「ダブルいいね!」が突き出ている。

 

 

 


「やっと……終わる……」

 

 

 


良念は放心状態で合掌した。

 

 

 


霊柩車の長いクラクションが鳴り響く……はずだった。ところが…

 

 

 


『テ~レレ~、レレ~! ズンドコズンドコ! ピ~ヒャララ~!』

 

 

 


法念住職が事前に改造を施していた霊柩車のスピーカーから、爆音のマツケンサンバ風オリジナル曲が流れたのだ。それだけではない。車の屋根がオープンカーのように開き、仕込まれていたスモークとお菓子が空へ向かって発射された。

 

 

 


「めでてぇな! こりゃあ祭りだ!」

 

 

 


通りがかりの子供たちが歓声を上げてお菓子を拾い始めた。疲れ果てていた檀家たちも、あまりの馬鹿馬鹿しさに、一人、また一人と笑い出した。カツラが90度ズレた金田総代も、涙を流しながら腹を抱えている。

 

 

 


「くくく……とんでもない野郎だ……死んでまでワシらを笑わせおって……」

 

 

 


「最高のクソ坊主だわい!」

 

 

 


派手なサンバのリズムに乗せて、突き出た両手の親指(いいね!)を揺らしながら、霊柩車は火葬場へと走り去っていく。良念はその背中を見送りながら、いつの間にかリズムに合わせて手拍子をしている自分に気づいた。

 

 

 


「……やられましたよ、住職。湿っぽいのは禁止、でしたね…」

 

 

 


空を見上げると、入道雲がニカっと笑った法念の顔に見えた。

 

 

 


「でも、修理代の請求書は、あの世まで送りますからね…」

 

 


良念は笑顔で、大きく「いいね!」を突き返した…

 

 

SCENE#205 坂本巫女のどこまでも不都合な初詣参拝客 Chaos at the New Year Shrine - SCENE