第一章:張り込みと、最強の腹痛
向島刑事は、自らの人生を五十年間にわたって呪い続けてきた。彼の名が示す通り、幸運という名の神は常に「向こう側」へと去ってしまい、彼の手元に残されるのは、不都合極まりない災難の残り香だけ。北風が容赦なく吹き荒れる深夜二時。新宿の裏路地にある、ネズミでさえ食料がないと判断して避けて通るような、湿り気を帯びた薄汚れた雑居ビルの陰で、向島は巨大詐欺グループの冷酷な幹部「通称:カメレオン」を独りで張り込んでいた。
本来であれば、優秀な部下たちが三名、彼の背後を固めているはずだった。しかし、不運なことに、向島が集合場所として指定した「新宿大ガード(おおガード)」という漢字を、部下たちは揃いも揃って「新宿大ガスト」と読み間違え、現在、駅の反対側で山盛りポテトとパフェを囲んで作戦会議(という名の雑談)に興じているという絶望的な連絡が、先ほど入ったばかりだ。
「……孤独だ。あまりにも不都合なほどに、俺の世界は常に独りだ…」
向島が震える手で、霜の降りた冷え切ったあんパンを齧ろうとしたその瞬間、彼の腸内で凄まじい「革命」が勃発した。ギュルルルル……という、地面の底から響いてくるような不吉な警告音。不運なことに、彼はこの極寒の張り込みに備えるべく、直前に立ち寄ったコンビニの棚の奥で「半額」のシールが貼られた、消費期限が三日前に切れている「激辛麻婆豆腐丼」を、空腹の勢いに任せて胃袋に叩き込んでいた。
その時、皮肉にも目の前のビルから、目面を深く被ったカメレオンらしき男が、周囲を警戒しながら現れた。千載一遇のチャンス。だが、向島の肛門(アヌス)の門番たちは、今まさに限界を迎え、総崩れの危機に瀕している。追うべきは凶悪な詐欺師か、それとも人間としての最後の尊厳を守るためのトイレか…
向島は、脂汗を滝のように流し、震える脚でカメレオンの追跡を開始した。だが、一歩踏み出すごとに、体内の激辛麻婆豆腐が「真の自由」を求めて激しく、かつ情熱的に暴れ回る。向島は壁に手をつき、歯を食いしばりながら、必死に自らの括約筋を精密に調律(ハック)し、決壊を食い止めようと奮闘する。その、腰をくの字に曲げて悶絶する姿は、端から見れば「通行人を狙う変質者」か、あるいは「不審者に怯えすぎて痙攣している一般人」そのものだった。
「頼む……頼むから…あと百メートル、いや、五メートルでいい。神よ、俺に向こう側の幸運を見せてくれ…」
しかし、必死の祈りも虚しく、彼は路地の角でカメレオンを見失った挙げ句、ようやく見つけた公衆トイレが「緊急清掃中・立入禁止」の黄色いテープで封鎖されているという、神の悪意に満ちた現実に直面した。向島刑事の孤独な捜査は、いきなり「人間としての尊厳の完全消失」という史上最大のピンチから、盛大に、そしてドタバタと幕を開けたのである。
第二章:証拠品と、まさかの「メルカリ」出品
なんとか尊厳をミリ単位で死守し(代償として替えの靴下を犠牲にしたが)、翌朝、満身創痍で署に戻った向島を待っていたのは、さらなる不都合な現実の第二波だった。彼が昨夜、カメレオンを追う途中の水溜まりで偶然拾い、重要証拠品として丁寧に証拠品袋に入れておいた「犯行計画と全顧客リストが記されていると思われる、金色のUSBメモリ」が、あろうことか、彼のデスクから忽然と消え去っていたのである。
「あ、向島さーん! お疲れ様です! あなたのデスクの上、散らかっていたから掃除しておきましたよ。あの変なピカピカしたキーホルダー、私の甥っ子が『メルカリ』に出しちゃいました。ゴミだと思って、昨日遊びに来た時にあげちゃったんですよ!」
無邪気に、そして太陽のような明るさで笑うのは、署内随一の天然キャラであり、あらゆる重要書類をシュレッダーにかけてきた伝説を持つ事務員のミチルだ。向島は、脳内に直接雷が落ちたような衝撃に打たれ、椅子から無様に転げ落ちた。
「メルカリ!? 刑事訴訟法上、極めて重要な証拠品を、フリマアプリに出品したというのか!?」
しかも、ミチルの甥っ子(小学三年生)は、出品時の説明文に「謎のピカピカした棒。動作未確認。多分ゴミなので一円でもいいです!」という、あまりにも誠実な記載をしており、あろうことか、出品から三秒で「即購入」されていた。購入者のアカウント名は、あざとい猫のアイコンで「お掃除大好き・カメレオン」。
向島は直感した。カメレオンが、自らの尻尾を掴まれるのを防ぐため、証拠隠滅を目的として、爆速で自ら買い戻したのだ。不都合すぎる。これでは捜査どころか、証拠品紛失の重大な責任を問われ、懲戒免職どころか「メルカリ刑事」として後世に語り継がれる屈辱的な首が飛んでしまう。
向島は、ミチルを必死に問い詰め、発送先の住所を特定しようとした。だが、現代のデジタル技術とメルカリ独自の「匿名配送」という名の鉄壁のプライバシー保護が、彼の前に巨大な壁として立ちふさがった。向島は、涙ながらにスマホを握りしめ、メルカリ事務局に対して「私は警視庁の刑事で、そのゴミは国家の命運と、俺の退職金を握る黄金のゴミなんです!」という、支離滅裂な問い合わせメールを十通連続で送りつけた。
しかし、返ってきたのは「お客様、落ち着いてください。利用規約を熟読の上、円満な取引を心がけてください…」という、AIによる無慈悲なテンプレ回答のみであった。彼は独り、署の地下にある埃まみれの備品倉庫で、冷たいコンクリートの床に、土下座をした。
「神様、メルカリ事務局様……。お願いだから、取引キャンセルをさせてくれ……。さもなくば、俺を匿名でどこか遠い国へ配送してくれ……」
向島の孤独な捜査は、今や「事務局のAI」との虚しい、そして噛み合わない電脳戦へと変貌を遂げていた。彼は、カメレオンを捕まえる前に、ミチルの甥っ子を「公務執行妨害ならぬ家事手伝い妨害」で逮捕すべきではないかと真剣に悩み始め、その日の昼食のパンの味さえ感じられなくなっていた。
第三章:潜入捜査と、間違えられた「人格調律師」
メルカリの取引完了通知に怯える日々の中、向島はカメレオンが頻繁に出入りしているという、港区の怪しげな会員制高級エステサロン「メタモルフォーゼ・サロン」への潜入捜査という、彼には似つかわしくない任務を命じられた。
向島の役割は、サロンに通う成金の不動産王を装い、内部の会話を盗聴し、組織の全容を探ることだ。しかし、ここでも不運の神は彼を裏切らなかった。彼がサロンに潜入したまさにその日は、サロンが海外から極秘に招聘した「人格を完璧にハックし、一瞬で人生を好転させる伝説の人格調律師」が到着する予定の、記念すべき日だったのである。
サロンの豪華なエントランスに足を踏み入れた向島は、先日の張り込み以来、洗濯さえ満足にできていない泥だらけのヨレヨレのスーツを着ていた。それを見た受付嬢たちは、驚きの表情を浮かべたあと、即座に深く頭を下げ、目をキラキラと輝かせた。
「ああ! あなたが、あの有名な……人格を電脳的にハックして、ノイズのない人生へと調律するという、あのドクター・ムコウジマ先生ですね! さあ、お客様が心待ちにしておりますわ、こちらへ!」
「いや、俺はただの、その……ちょっと小金を持った向島……」
「またまた、そんなに謙虚なフリをされて! その、あえて不潔さを演出した無頼の天才のような格好こそ、真の芸術家の証拠ですわ! 素敵です!」
向島は、必死の否定も虚しく、最高級の香水が漂う豪華なVIP個室に押し込まれた。そして目の前には、カメレオンの愛人であり、組織の複雑な資金洗浄を一手に担当している謎の美女、レイカが、シルクのガウンを纏って横たわっていた。
「さあ、先生。私のこの、時折疼く不要な良心という名のノイズを調律して、完璧な悪女に変えてちょうだい…」
レイカの、獲物を狙う蛇のような誘惑的な瞳に見つめられ、向島は脂汗を滝のように流した。彼は「人格調律」などという概念を一ミリも知らない。あるのは、長年の不器用な取り調べで培った、泥臭く、説教臭い説得術だけだ。
「……ええい! お客さん、あんたの人生、ちょっと設定がズレてますな。まるで、昭和のテレビの砂嵐か、中古のモデムが吐き出すノイズのように!」
向島は、開き直って部屋にある高級アロマオイルを無造作に振り撒き、レイカの頭を力任せにマッサージしながら、刑務所の飯がいかに不味いか、そして孤独な老後の侘しさと、親の涙について、延々と、そして熱烈に語り聞かせた。それは「調律」というより、ただの「場末のスナックでの説教」に過ぎなかった。
しかし、極限の緊張状態にいたレイカは、なぜか「……斬新だわ。こんな魂を削るようなノイズ、今まで一度も聴いたことがない。私、何かが解けていく……」とうっとりし始め、組織の重要機密や隠し口座のパスワードを、恍惚とした表情でペラペラと喋り出したのである。向島は「これがハッキングか……」と、あらぬ方向の感銘を覚えるのだった。
第四章:銃撃戦と、まさかの「ノイズとダンス」
人格調律師(?)としての怪しげな功績により、レイカから聞き出した武器取引の情報を元に、向島は横浜の大黒埠頭へと急行した。現場は、巨大なコンテナが並び、不気味な海風が吹き荒れる殺風景な場所だ。応援は……またしても不都合なことに、向島が指示した「大黒(だいこく)」という場所を、「大国(だいこく)」という名のキャバクラだと勘違いし、現在、横浜の繁華街でシャンパンコールに参加しているという。向島は、運命に導かれるように、またしても独りきり。取引現場でカメレオンとついに対峙した向島は、震える手で旧式の拳銃を構えた。
「動くな! メルカリの出品者……じゃなくて、神奈川県警の……いや、警視庁の刑事だ!」
カメレオンは余裕の笑みを浮かべ、懐から最新鋭の「人格調律・音響兵器」を取り出した。それは、特定の周波数を浴びせることで、相手の三半規管を即座に破壊し、精神を混濁させるという、近未来的なハッキング・ガジェットだ。ピーーーー、という、耳の奥をドリルで穿つような激しい高周波ノイズが辺り一面に響き渡った。
普通の人間であれば、その場に膝をついて悶絶し、白目を剥いて倒れるはずだった。しかし、不運の権化である向島刑事は違った。彼は、第一章での致命的な腹痛、第二章でのミチルへの絶望、そして五十年にわたる「神からの無視」という絶え間ないノイズに晒され続けた結果、彼の脳の神経系は、既に「常時フルボリュームのノイズ状態」に完全適応していたのである。
「……なんだ? この音、俺の慢性的な耳鳴りや、上司の小言よりは遥かにマシだな…」
向島は、破壊的なノイズを心地よいBGMにでもするかのように、不器用で、そして軽快なステップでカメレオンに向かって近づいていった。それは、周囲から見れば「変に魅惑的な狂気に満ちた、見るに堪えないノイズとダンス」であった。カメレオンは、自分の開発した最強の兵器が全く効かないどころか、ノイズに合わせて腰を振り、怪奇なステップを刻みながら迫りくる中年の化け物に、生まれて初めての恐怖を覚え、腰を抜かした。
「……化け物だ! 日本警察は、こんなノイズの亡霊を、秘密兵器として飼っているのか!」
向島は、踊り狂う勢いのまま、カメレオンに全力のタックルをかました。だが、そこは不都合な男。運悪く足元の凍ったぬかるみに滑り、カメレオンを押し倒すと同時に、自らの手錠を自分自身の左手と、カメレオンの右足という、物理的に最も移動しにくい場所に、これ以上ないほど「完璧」にかけてしまったのである。
第五章:逃走劇と、泥にまみれた「有毒」
手錠で連結された、正義の刑事と凶悪な詐欺師。カメレオンは、右足の自由を半分奪われながらも、必死に現場からの逃走を試みた。向島は彼に引き摺られ、横浜の港の冷たいぬかるみの中を、芋虫のように転げ回る。
「おい! 止まれ! 俺の五十肩が外れるだろうが! この、メルカリ購入者め!」
「うるさい! 俺だって、こんな加齢臭のする不潔な刑事と、一蓮托生で逃げたくないわ!」
二人は、さながら二人三脚の失敗した見本市のような不気味な、しかし必死の動きで、埠頭の裏にある荒れ果てた山林へと逃げ込んだ。そこで向島を待ち受けていたのは、植物マニアの犯人が趣味でこっそり育てていた「有毒なアルカロイドの秘密菜園」だった。
そこには、トリカブト、ベラドンナ、マチン……。触れるだけで皮膚を蝕み、口にすればあの世行きの、禍々しい紫の花々が咲き乱れている。向島は、植物の知識など一ミリも持ち合わせていなかったが、とにかく「本能が全否定するヤバそうな植物」が目の前にあることは即座に理解した。
「おい、カメレオン。これ、ちょっと食ったらどうなると思う? お前の組織の隠し資産、全部吐く気になるか?」
「……馬鹿を言うな。不整脈で心臓が停止するか、地獄のような嘔吐の末に、人格ごと崩壊して死ぬだろうな。俺の誇るコレクションだ…」
二人は、毒の霧が漂うような、湿った温室の中で、泥まみれになりながら取っ組み合いの醜い喧嘩を続けた。向島は、カメレオンの高級な襟首を掴み、無様な姿勢で彼を地面に押し込んだ。
「頼むから、もう大人しくしてくれ! 俺は、今日こそは……今日こそは、定時に帰ってパフェが食べたいんだ!」
向島の、あまりにも個人的で切実、かつ小物感溢れる叫びに、カメレオンは一瞬、あまりのギャップに呆気に取られた。その隙を突いて、向島は上着のポケットに入っていた「唯一の硬い武器」——先ほどミチルから無理やり渡された、甥っ子が梱包し忘れていた「偽の証拠品(中身は甥っ子のゲーム機)」を取り出し、それをカメレオンの急所に渾身の力で押し当てた。
「……これが、メルカリの怨みだ! 評価は『残念だった』にしてやる!」
意味不明な叫びとともに、カメレオンは白目を剥いて昏倒した。向島は、泥と毒のアルカロイドの香りにまみれながら、自らの不運な勝利を確信したが、同時に、手錠の鍵を署のデスクに忘れてきたことに気づき、深い、深い絶望の淵へと沈んだ。
第六章:対峙と、スーパースターの妻の不都合な介入
カメレオンを(物理的に手錠で、しかも解錠不能な状態で)確保したものの、深夜の山中で孤立し、凍死の危機に瀕していた向島。そこへ、山道を切り裂くような爆音とともに、一台のド派手なショッキングピンクのスポーツカーが、ガードレールを削りながら突っ込んできた。乗っていたのは、なんと国民的スーパースターの妻として知られる、完璧な美貌を誇るセレブ・美奈子だった。
「助けて! 夫の新しい不倫相手の居場所を追跡していたら、ナビがバグを起こして、こんな地獄のような山奥に迷い込んでしまったの!」
不都合なことに(あるいは向島にとっては幸運なのか)、彼女はカメレオンの組織の、いわゆる「上客」であり、夫を24時間監視するための最新の電脳スパイガジェットを、カメレオンから裏ルートで買いに来た帰り道だったのである。
「刑事さん、その泥まみれの汚い物体を、私の最高級のシートに乗せて! 私、常に完璧で美しくなければならないから、こんな死体みたいな人が道に転がっている不完全な光景を、一秒たりとも放っておけないわ!」
人格が半分壊れかけている美奈子は、向島と、気を失ったままのカメレオンを無理やり後部座席に押し込み、時速百二十キロで曲がりくねった山道を爆走し始めた。
「奥さん! 危ない! そもそも俺たち、手錠で繋がってるし、私は今、猛烈に酔いそうです…」
「ノイズだわ! 私の人生の、美しくないノイズが、今、最高潮に達して私の脳をハックしているの!」
美奈子は、もはや別人格へと豹変したかのように叫び、華麗にハンドルを切り続けた。車内は、泥と汗の臭い、カメレオンの気絶した吐息、そして美奈子が狂ったように撒き散らす高価な香水の匂いで、有毒以上の化学兵器地獄と化していた。
カメレオンは揺れの中で目を覚まし、窓の外を流れる断崖絶壁を見るなり「……自首する。刑務所の独房のほうが、この女の車より千万倍安全だ…」と涙ながらに警察への服従を誓い、向島は激しい横Gに内臓を掻き回されながら、「俺は、ただ普通に、刑事ドラマのような捜査をしたかっただけなのに……」と、窓の外を流星のように過ぎ去る不都合な夜景を見つめた。それは、向島刑事の不毛なキャリアにおいて、最も華やかで、最も不都合で、最も死を身近に感じた「護送」の瞬間であった。
第七章:解決と、孤独なパフェの味
翌朝、朝焼けに染まる横浜警察署の正面玄関に、泥まみれでバンパーが半分外れたピンクのスポーツカーが、タイヤを悲鳴のように鳴らして停車した。中から出てきたのは、全身ボロボロで泥にまみれ、右肩が脱臼した向島刑事と、恐怖で精神が完全に崩壊し、「警察万歳!」と叫びながら降りてきたカメレオン。そして、なぜか全てを吹っ切った晴れやかな表情で「私、完璧を捨てて、新しい自分に生まれ変わったわ!」と宣言するスーパースターの妻であった。
カメレオンは即座に逮捕され、向島が回収(物理的に押収)していたUSBメモリからは、巨大詐欺グループの全顧客リストと、組織の資金洗浄ルート、そしてミチルの甥っ子が勝手にダウンロードしていた「猫の癒やし動画」が検出された。向島は、証拠品紛失の責任を問われるどころか、「単独で国際的犯罪組織を壊滅させ、かつスーパースターの家庭問題までも更生させた、電脳時代の英雄」として、本人の意志とは無関係に、不本意な大金星を挙げてしまったのである。
「向島さーん! 本当にお疲れ様です! これ、ご褒美に私からパフェ、自腹で買ってきましたよ! 期限内ですよ!」
ミチルが持ってきたのは、コンビニの「賞味期限があと五分で切れる、少し溶けかかったイチゴパフェ」だった。向島は、一人デスクに座り、震える手でそのパフェを一口食べた。腹の中が、再びギュル……と不穏で破壊的な音を立て始めた。
「……ああ、孤独だ。どこまでも、不都合だ…」
彼はそう呟きながらも、どこか満足げな、力強い笑みを浮かべた。彼の周りには、相変わらず無能でパフェ好きな部下たちと、何でもメルカリに出す事務員、そして騒がしい世間が溢れている。だが、彼は知っている。このノイズだらけで不完全な世界こそが、自分の生きるべき唯一の場所なのだと。
向島は、窓の外のどんよりとした灰色の空を見上げる。そこには、また新しい不都合な事件(災難)の予兆が、雲の隙間から不気味な笑みを浮かべて覗いている。彼は、泥とパフェのクリームがついた指で、再びキーボードを力強く叩き始めた。
向島刑事の、どこまでも不都合な孤独な捜査は、これからも終わることはないだろう。腹の痛みと、パフェの甘さ。その矛盾したハーモニーこそが、彼の生きる証。神威(かむい)の風が吹くことはなかったが、署内の古びた換気扇からは、今日もまた、誰かが焦がしたカップ麺の愛すべきノイズが、優しく響き渡っている…