SCENE

誰かの朝、誰かの夜。 すれ違う時間の中に、物語はひっそりと立ち上がる。 喜びや痛みが言葉になる前の、かすかな瞬間をすくい取るように。 これは、世界のどこかで息づく人々の、小さな「場面(シーン)」の記録です。by-魚住 陸 Riku Uozumi

SCENE#290   おじさんたちの再教育 Old Men, New Lessons

第1章 出会い、そして過去の残像

 

 

 

 

 


「あーあ、今日も疲れたなぁ……。もう何も考えたくねえ。昔はこんなんじゃなかったのにな…」

 

 

 

 

 


仕事帰りの駅前広場。ネクタイを緩め、スーツにシワを寄せた男たちが、地面にへたり込んでいた。彼らの名は、田中、佐藤、鈴木。

 

 

 

 

 

田中はかつて、地元の少年野球チームのエースで、甲子園を目指すほどの熱血少年だった。しかし、高校時代の怪我で夢は潰え、いつしか情熱を失い、日々の仕事に追われるだけの男になっていた。 佐藤は若い頃、友人とロックバンドを組んでいた。武道館でのライブを夢見て、夜な夜なギターを掻き鳴らしていたが、現実の厳しさに直面し、音楽から遠ざかっていった。 鈴木は幼い頃からブロックで街を作るのが好きで、将来は人を感動させる建築物を造りたいと、夜遅くまで専門書を読んでいた。

 

 

 

 

 

しかし、皆、理想と現実のギャップに悩み、いつしか夢を諦めた、今やしがない社畜たちだった。そんな彼らの前に、制服をビシッと着こなし、背筋を伸ばした女子高生が三名が現れた。彼女たちの視線は、田中たちの無様な姿に注がれていた。

 

 

 

 

 

「ちょっと、そこのおじさんたち!見てて気分が悪くなるんですけど。だらしなさすぎじゃないですか?」

 

 

 

 

 

リーダー格のユキが、冷たく言い放つ。田中は不機嫌そうに顔を上げた。

 

 

 

 

 

「ったく、うるさいな!学生は勉強してろよ。こっちは仕事で疲れてるんだよ!」

 

 

 

 

 

すると、ユキは挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「疲れてるからって、自己管理を放棄していい理由にはなりませんよ。私たちは、そんなおじさんたちを再教育するために来ました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第2章 再教育プログラムへの招待と女子高生たちの葛藤

 

 

 

 

 

ユキの突拍子もない宣言に、田中は鼻で笑った。

 

 

 

 

 

「はぁ、再教育だって? 冗談じゃないよ。誰がそんなもの受けるかよ。それに、どうせ金がかかるんだろう?」

 

 

 

 

 

ユキは首を横に振った。

 

 

 

 

 

「いえ、費用は一切いただきません。これはボランティアなんですから。私たちは、だらしない大人が大嫌いなんです。そんな大人をなくし、社会を良くしたいんです!」

 

 

 

 

 

「社会を良くしたい? ずいぶん偉そうだな、お嬢ちゃんたちは!」

 

 

 

 

 

佐藤が嘲笑混じりに言った。すると、サブリーダーのミカが、静かに語り始めた。

 

 

 

 

 

「私たちは、おじさんたちが失ってしまった自信と活力を取り戻してほしいだけなんです。朝はジョギング、食事は健康的な手作り弁当、そして身だしなみのチェック。たった一ヶ月ですから。どうか、私たちのプログラムに参加してください!」

 

 

 

 

 

鈴木が、心配そうに尋ねた。

 

 

 

 

「でも、本当に変われるのか? もう歳だし、今さら……」

 

 

 

 

 

「変われますよ! 変われないと決めつけているのは、おじさんたち自身です!」

 

 

 

 

 

几帳面なアヤカが、真っ直ぐな目で鈴木を見つめて言った。

 

 

 

 

 

「ずっとこのままでいいんですか? 毎日、疲れた顔をして、だらしない格好で、何も変わらないまま生きていくなんて、つまらないでしょう?」

 

 

 

 

 

その言葉は、田中たちの心に深く突き刺さった。忘れていたはずの、かつての情熱が、ほんの少しだけ蘇った気がした。ユキたちも、最初は不安でいっぱいだった。夜、三人で集まっては、今日の反省会をする。 

 

 

 

 

 

「ねえ、本当に私たちにできるのかな? あのおじさんたち、全然やる気なさそうだし……」

 

 

 

 

ユキが弱音を吐く。 ミカが励ますように言った。

 

 

 

 

 

「でも、あの人たちの目の奥には、まだ光がある気がするの。諦めちゃダメだよ!」

 

 

 

 

アヤカは冷静に分析する。

 

 

 

 

 

「私たちも、もっとおじさんたちの気持ちに寄り添う方法を考えないと。ただ命令するだけじゃ、反発されるだけだよ…」 

 

 

 

 

 

彼女たち自身も、このプログラムを通じて、人間関係の難しさや、人を動かすことの奥深さを学ぼうとしていた。そして、次の日の夜…

 

 

 

 

 

「わかったよ……。そこまで言うなら、受けてやろうじゃないか。ただし、本当に効果がなかったら、その時は、俺たちも考えるぞ!」

 

 

 

 

 

田中が覚悟を決めたように言うと、ユキは満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます! 絶対に後悔させませんから!」

 

 

 

 

 

こうして、おじさんたちの再教育プログラムは、予想外の形で始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3章 地獄の1カ月と心の変化

 

 

 

 

 

 

再教育プログラムが始まって最初の一週間は、地獄だった。毎朝5時半、ユキの「起きろー!」という大声で叩き起こされた。ぼんやりした頭と重い体を引きずって、公園に向かう。

 

 

 

 

 

「はい、おじさんたち! 腕立て伏せ50回! 腹筋100回!スクワット150回! 声が小さいですよ! もう一回!」

 

 

 

 

 

アヤカの容赦ない指導に、田中は「ううっ、肩が上がらねえ!」と悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

「田中さん、昔はもっと動けたはずですよね? 違いますか?野球やってたんでしょう? あの頃の自分を思い出してくださいよ!」

 

 

 

 

 

ユキの言葉に、田中はハッとした。潰えたはずの野球の夢が、一瞬、脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 

朝食は、玄米ご飯に味噌汁、焼き魚と大量の野菜。

 

 

 

 

 

「うわ、朝っぱらから、こんなに野菜食えねえよ……」

 

 

 

 

 

佐藤がげんなりすると、ミカが笑顔で答える。

 

 

 

 

 

「はい、お肉は週末のお楽しみです。健康な体は食からですよ! ほら、佐藤さん、あとピーマンが二切れ残ってますよ! ロックする体力も健康な体からですよ!」

 

 

 

 

 

それぞれが仕事から帰宅すると、今度は身だしなみチェックが待っていた。

 

 

 

 

 

「鈴木さん、今日着ていたシャツ、なぜ洗濯してないんですか? 臭いシャツは毎日、洗濯するのが基本です! 建築家は常に清潔でなければなりません!」

 

 

 

 

 

アヤカの厳しい言葉に、鈴木は「え、毎日? そんな時間ねぇよ……」と力なく答える。

 

 

 

 

 

「だからこそ、習慣にしないとダメなんです! 時間は作るものですよ! 立派な建築物を造るなら、まず自分を律してください!」

 

 

 

 

 

何度も諦めそうになった。もうやめたい、と何度も思った。しかし、疲れて座り込む彼らに、ユキはいつも同じ言葉を投げかけた。

 

 

 

 

 

「どうしたんですか? たったこれっぽっちで、もう諦めるんですか? 私たちは、おじさんたちが変われるって信じてるんだけど!」

 

 

 

 

 

その言葉に、彼らはまた立ち上がった。少しずつ、少しずつ、彼らの体と心に変化が生まれていった。二週間が過ぎた頃、彼らは初めてプログラムの成果を実感し始めていた。朝のジョギングが、なぜか苦ではなくなり、会社の階段を軽やかに上れるようになった。同僚からは、「最近、元気そうですね!」と声をかけられるようになった。そして、ある日の夕方。ユキは広場で田中たちに尋ねた。

 

 

 

 

 

 

「おじさんたち、最近どうですか? 辛くないですか?もう、やめたいですか?」

 

 

 

 

 

田中は少し照れくさそうに答えた。

 

 

 

 

 

「正直、最初はもう面倒くさくて、何度か逃げ出そうと思ったよ。でも、今はなんだか楽しいんだ。忘れかけていた、昔の自分を取り戻せた気がする。ありがとう、君たちのおかげかもしれないな…」

 

 

 

 

 

 

佐藤と鈴木も深く頷き、清々しい表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「俺たち人生、まだまだこれからかもしれないな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

第4章 意外な真実とサプライズ

 

 

 

 

 

そして、再教育プログラムの最終日。ユキたちは田中たちに、手作りの感謝状を渡した。

 

 

 

 

 

「短い間でしたけど、おじさんたちが変わっていく姿を見られて、私たちも本当に嬉しかったです。ありがとうございました!」

 

 

 

 

 

「こちらこそ、ありがとう!君たちのおかげで、なんだか、人生が変わったよ…」

 

 

 

 

 

田中たちはそう言うと、ユキは少し寂しそうな顔でつぶやいた。

 

 

 

 

 

「実は……私たち、両親がだらしないのが嫌で、このプログラムを始めたんです…」

 

 

 

 

 

「えっ…」

 

 

 

 

 

三人の両親は共働きで、日々の忙しさからか身だしなみや健康に無頓着だった。

 

 

 

 

 

 

「私たち、自分たちの両親に変わってほしくて、でも直接は言えなくて……。だから、まずはおじさんたちを再教育して、その様子を見せようと思ったんです。『ほら、頑張れば変われるんだよ!』って…」

 

 

 

 

 

その言葉に、田中たちは驚きと同時に、少し感動を覚えた。彼女たちは、自分たちの親のため、そして未来のために、勇気を持って行動していたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。私たち、おじさんたちを再教育するフリをして、自分たちの両親を再教育したかったんです!」

 

 

 

 

 

話が終わると、今度は田中たちがサプライズを用意していた。田中はユキに、真新しい野球のグローブとボールを差し出した。

 

 

 

 

「これ、君のお父さんに渡せよ。昔、お父さん、甲子園を目指してたんだろ? 娘さんと一緒にキャッチボールでもして、汗を流せば、きっとまた元気が出るはずさ!」

 

 

 

 

 

佐藤はミカに、手作りのギターピックを渡した。

 

 

 

 

「君のお父さん、昔バンドやってたんだろ? これを見たら、またギターを弾きたくなるかもしれないぞ。音楽は人を繋ぐ力があるからな!」

 

 

 


鈴木はアヤカに、精密な建築模型をプレゼントした。

 

 

 

 

「君のお父さん、建築家になるのが夢だったってな。これは、お父さんの想像力と創造性を刺激するきっかけになればと思ってな!」

 

 

 

 

 

女子高生たちは、自分たちの親の過去まで調べていたおじさんたちの優しさに、思わず涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5章 そして未来へ

 

 

 

 

 

 

それから数年後が経ち…

 

 

 

 

 

田中、佐藤、鈴木は、それぞれ仕事で重要なポジションにつき、充実した日々を送っていた。彼らの身だしなみは常に整い、その背筋はまっすぐに伸びていた。そして、彼らはそれぞれ家庭の中で、自分の子供たちに、ユキたちから教わったことを伝えていた。

 

 

 

 

 

「パパ、ネクタイ曲がってるよ!」

 

 

 

 

 

幼い娘に指摘され、田中は優しく微笑む。

 

 

 

 

 

「ああ、ありがとう。パパはな、昔はもっとだらしないパパだったんだ。でもな、そんな時、素晴らしい先生たちに出会って、こうしてちゃんとした大人になれたんだよ。だから、お前も大きくなったら、きちんとした大人になりなさい…」

 

 

 

 

 

ユキの両親は、田中たちの変化と、娘からのサプライズプレゼントに心を動かされ、少しずつではあるが、身だしなみや健康に気を配るようになっていた。親子間の会話も増え、食卓には笑顔が溢れていた。

 

 

 

 

 

遠い空の下、ユキたちもそれぞれの夢を叶え、社会で活躍していた。ユキは教育の道に進み、ミカは音楽で人々を勇気づけ、アヤカは建築の分野で才能を発揮していた。

 

 

 

 

 

これは、女子高生たちと、だらしなかったおじさんたちが織りなす、再教育という名の物語である…