SCENE

誰かの朝、誰かの夜。 すれ違う時間の中に、物語はひっそりと立ち上がる。 喜びや痛みが言葉になる前の、かすかな瞬間をすくい取るように。 これは、世界のどこかで息づく人々の、小さな「場面(シーン)」の記録です。by-魚住 陸 Riku Uozumi

SCENE#331    ブランニュー・ミーの監獄 Imprisoned by My New Identity

第一章:ガラスの仮面と午前四時の儀式

 

 

 

 

 

午前四時。都会の喧騒が最も深く沈むその時刻、ノアの「一日」は、冷徹な儀式と共に幕を開ける。彼女の寝室は、寝室というよりは高度に管理された細胞培養室のようだった。遮光カーテンは一筋の光も通さず、空気清浄機が無機質な重低音を響かせ、室温は肌の水分量を最適に保つ二十二度に固定されている。

 

 

 

 

 

ノアは、アラームが鳴る前に目を覚ました。正確には、彼女の身体に埋め込まれたバイオチップが、睡眠サイクルの最も浅い段階を検知し、微弱な電流を送って彼女を覚醒させたのだ。彼女は、寝起き特有のけだるさを一切見せず、ロボットのような動きでベッドから這い出した。そして最初に向かうのは、壁一面が鏡になっている洗面所。そこには、特殊な拡大鏡と高解像度カメラ、そして肌の弾力、水分量、メラニン色素の沈着度を瞬時に計測するスキャナーが設置されている。

 

 

 

 

 

 

「……スキャン開始」

 

 

 

 

 

 

ノアが呟くと、鏡の表面に緑色のレーザーが走り、彼女の顔を舐めるように走査した。

 

 

 

 

 

【診断結果:前日比、目尻の微細な乾燥皺、0.01ミリ進行。皮脂分泌量、Tゾーンにおいて微増。総合評価:98点。要、緊急導入(フェイズ4)】

 

 

 

 

 

鏡に表示される数値を見て、ノアの眉が微かにひそめられた。98点。一般人からすれば驚異的な美肌だが、彼女にとっては「敗北」を意味する数値。彼女は、SNSの総フォロワー数五千万人を超えるトップ・インフルエンサー、「NOA」である。

 

 

 

 

 

 

彼女が売りにしているのは、その圧倒的な「無欠感」。毛穴一つ、産毛一本、そして時間の経過を感じさせるシワ一本すらない、まるで陶器で作られたかのような完璧な美貌。それが、彼女のブランドであり、莫大な富を生み出す源泉だった。

 

 

 

 

 

 

「……フェイズ4、実行」

 

 

 

 

 

 

ノアは、洗面台の引き出しから、一般には流通していない高濃度の成長因子を含んだ美容液と、微細な針で肌に穴を開けて成分を浸透させるダーマペンを取り出した。麻酔クリームを塗る時間さえ惜しい。彼女は、鏡の中の自分を睨みつけながら、躊躇なくペンを肌に押し当てた。チクチクとした痛みが走る。しかし、その痛みこそが、彼女に安心感を与える。それはこの痛みの先に、また「最新の自分」が更新されるのだという、歪んだ確信。ケアが終わる頃には、東の空に太陽が昇り始めていた。

 

 

 

 

 

 

ノアは、次に専用の更衣室へと向かった。そこには、数千着の衣服が、ブランド別、色彩別、そして「着用時の想定フォロワー反応」別に、完璧に分類されて収められている。今日のSNSへの投稿は、高級メゾンの新作クルーズコレクションを着た、何気ない朝の風景だ。何気ない、と見せかけるために、ノアは三時間を費やした。衣服の微かなシワ、髪の一筋の乱れ、背景に映り込む小物の配置。すべてが、計算し尽くされた「完璧な偶然」でなければならない。

 

 

 

 

 

 

午前八時。投稿ボタンを押す。

 

 

 

 

 

 

その瞬間から、彼女のスマートフォンは、通知の嵐によって熱を帯び始めた。

 

 

 

 

 

 

【NOA様、今日も完璧すぎます!】

 

 

 

 

【肌が発光してる……人間じゃないみたい】

 

 

 

 

 

【この服、どこの? 真似したいんですけど!】

 

 

 

 

 

 

賞賛のコメントが、秒単位でタイムラインを埋め尽くしていく。ノアは、そのコメントを一つ一つ確認しながら、冷ややかな満足感を覚えていた。

 

 

 

 

 

「……そう、私は人間じゃない。私は、お前たちが作り上げた、理想という名の『偶像(アイコン)』...」

 

 

 

 

 

 

ノアは、鏡の中の、まだ微かに赤みの残る自分の顔を見つめた。

 

 

 

 

 

「この偶像を、10年守り抜くの。そのためなら、私は何度でも自分を殺すわ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章:偽りの聖杯と終わなきアップデート

 

 

 

 

 

 

「ノア、今回の案件だけど、クライアントがあなたの『無欠感』をさらに強調したカットを求めているの」

 

 

 

 

 

 

所属事務所の社長、リンダが、タブレット端末をデスクに置きながら、冷徹なトーンで告げた。ノアは、リンダのオフィスで、微動だにせず椅子に座っていた。彼女の姿勢は、定規で測ったように真っ直ぐで、その表情からは一切の感情が読み取れない。

 

 

 

 

 

 

「具体的には?」

 

 

 

 

 

「最新の画像解析AIを使った、肌の『超・平滑化』処理。あなたの生身の肌をベースにしつつ、毛穴の凹凸を完全にゼロにして、光の反射率を陶器と同じレベルに調整するの。これによって、あなたは文字通り『次元を超えた存在』になるわ…」

 

 

 

 

 

 

ノアは、リンダの言葉を、事務的なデータとして処理した。

 

 

 

 

 

 

「……それは、私の実体を否定することにはなりませんか…」

 

 

 

 

 

「実体? 何言ってるの。ノア、あなたはまだそんなものにこだわっているの?」

 

 

 

 

 

 

リンダは、鼻で笑った。

 

 

 

 

 

「あなたのフォロワーが求めているのは、生身のあなたじゃないわ。彼らが消費しているのは、あなたという概念。概念に、毛穴やシワは不要よ。我々が守り抜かなければならないのは、あなたの最新のイメージであって、あなたの肉体ではないわ…」

 

 

 

 

 

リンダの言葉は、鋭いメスのように、ノアの心の奥底を切り裂いた。しかし、彼女はその痛みを、顔に出すことを自分に禁じた。

 

 

 

 

 

 

「……分かってる。私は、10年前の自分を捨てたから。あの、田舎臭くて、ニキビ面で、誰からも顧みられなかった、卑小な自分を…」

 

 

 

 

 

 

10年前。ノアは、名前もなき一人の少女だった。SNSの世界で、輝くインフルエンサーたちを見つめながら、激しい劣等感と、それ以上の変身願望を抱えて生きていた。ノアは、最初の整形手術を受けた日のことを、今でも鮮明に覚えている。麻酔が切れた後の、顔全体をハンマーで殴られたような激痛。鏡に映った包帯を巻かれた自分の姿を見て、ノアは恐怖ではなく、歓喜を覚えた。

 

 

 

 

 

 

「……これで、私は変われる。新しい自分になれる…」

 

 

 

 

 

 

それから、彼女はアップデートを繰り返していった。鼻を高くしては、輪郭を削り、目を大きくしては、肌を白くした。手術のたびに、彼女は「最新の自分」を手に入れた。そして、その自分をSNSに投稿するたびに、フォロワー数は増えていき、名声と富が集まってきた。アップデートこそが、彼女の生存戦略であり、信仰する宗教だった。

 

 

 

 

 

 

「……分かりました。その処理を採用してください」

 

 

 

 

 

 

ノアは、静かに答えた。

 

 

 

 

 

 

「賢明な判断よ。これで、あなたの地位はさらに不動のものになるわ!」

 

 

 

 

 

 

リンダは頷き、次の資料を手に取った。

 

 

 

 

 

 

「それと、来月、スイスのプライベートクリニックで、新しい血液クレンジングの施術を予約してあるの。全身の血液を一度体外に出して、オゾンで浄化して戻す。これによって、細胞レベルでの老化を10年遅らせることができると言われているの!」

 

 

 

 

 

 

老化を10年遅らせる。

 

 

 

 

 

 

その言葉は、ノアにとって、悪魔の誘惑のように響いた。

 

 

 

 

 

「……10年?10年後も、私は最新でいられるの…」

 

 

 

 

 

ノアは、自分の腕の血管を見つめた。そこには、かつてアップデートのために何度も針が刺された跡がある。

 

 

 

 

 

 

(……私の身体は、偽りの聖杯。アップデートという名の毒を注ぎ続けなければ、維持できない、脆いガラスの器…)

 

 

 

 

 

ノアはその毒を、自らの意志で飲み干すことを決意していた。

 

 

 

 

 

 

「……行くわ」

 

 

 

 

 

 

ノアは、再び完璧な無表情に戻り、リンダのオフィスを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

第三章:クローゼットの亡霊と錆びついた真実

 

 

 

 

 

 

スイスでの施術を終え、帰国したノアを待っていたのは、さらに加熱した「NOA」狂騒曲だった。AIによる超・平滑化処理を施された彼女の画像は、もはやCGと区別がつかないレベルに達していた。フォロワーはそれを「神の領域」と崇め、企業はこぞって、彼女を自社製品のイメージキャラクターに起用しようとした。

 

 

 

 

 

 

撮影、イベント出席、SNSへの投稿。すべてが、寸分の狂いもないスケジュールで行われていく。しかし、彼女の肉体は、精神の加速に追いついていけなくなっていた。血液クレンジングの効果は絶大でも、その副作用として、極度の倦怠感と、時折襲う激しい眩暈がノアを苦しめ始めた。

 

 

 

 

 

 

そして、何よりもノアを恐怖させたのは、鏡の中に映る自分自身の瞳だった。その瞳には、かつて持っていた、どんなに稚拙でも「生きたい」と願う、人間らしい光が失われつつあった。

 

 

 

 

 

 

「……私は、何を、守っているの?」

 

 

 

 

 

 

ある夜、ノアは、自らの更衣室の奥にある、普段は決して開けることのないクローゼットの扉の前に立っていた。そこには、10年前に彼女が着用していた、古着や安物のアクセサリーが収められている。ノアは、扉を開けた。中から、カビ臭い匂いと共に、10年前の自分が、亡霊のように現れた気がした。

 

 

 

 

 

 

そこに、一冊の古びたアルバムがある。ページを捲ると、整形手術を始める前の、彼女の写真が出てきた。ニキビ面で、歯並びが悪く、垢抜けない笑顔。その瞳は、未来への希望と、自分自身への微かな全肯定で輝いているように見えた。

 

 

 

 

 

 

「……この子は、私。私が、殺した、私…」

 

 

 

 

 

ノアは、その写真を、今の自分の顔の横に並べた。

鏡の中に、10年前の自分と、最新の自分が並んで映る。10年前の自分は、ブサイクだが、生きている。

けれど、最新の自分は、完璧だが、死んでいる。

 

 

 

 

 

 

(……リンダの言う通り、私は概念になった。概念は、死なない代わりに、生きることもできない…)

 

 

 

 

 

 

ノアは、クローゼットから、10年前に愛用していた、錆びついた安物のネックレスを取り出した。それを、自分の首に掛けてみた。今の、数千万円の衣服には、全く似合わない。しかし、その錆びた金属の冷たさは、ノアに、失われかけた「実体」の感覚を取り戻させた。

 

 

 

 

 

 

(……私は、10年かけて、完璧な監獄を作り上げた。そして、その中に、自分自身を閉じ込めてしまった…)

 

 

 

 

 

 

その時、スマートフォンが鳴った。リンダからの緊急連絡だった。

 

 

 

 

 

 

「ノア、SNSで、あなたの10年前の写真と称する画像が拡散されているわ。おそらく、同級生の誰かがリークしたのね。すぐに、否定のコメントを出さなきゃ…」

 

 

 

 

 

 

リンダの声は、かつてないほど焦っていた。

 

 

 

 

 

 

「……否定?」

 

 

 

 

 

 

「そうよ! これは私じゃない、悪質なフェイクだ!と、強く主張するの。あなたの無欠感に、過去のそんな画像は致命的よ!」

 

 

 

 

 

 

ノアは、鏡の中の、首に錆びたネックレスを掛けた自分を見つめた。10年前の自分を、再び、嘘という名のシャベルで、土の中に埋め戻せというのか。

 

 

 

 

 

 

「……リンダ」

 

 

 

 

 

「何?」

 

 

 

 

 

「……それは、フェイクじゃないわ。私よ…」

 

 

 

 

 

 

「……何て言ったの?」

 

 

 

 

 

 

「私は、10年前、ブサイクだったの。何度も手術をして、今の顔を手に入れたの。それを、隠すつもりはないわ…」

 

 

 

 

 

電話の向こうで、リンダが絶句するのが分かった。

ノアは、電話を切り、クローゼットの中の、10年前の自分に微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

(……ごめんね。10年、お前を暗闇に閉じ込めて。でも、もう大丈夫。私は、お前と共に、この監獄を出るわ…)

 

 

 

 

 

 

彼女は、錆びたネックレスを掛けたまま、更衣室を後にした。最新の自分を、10年守り抜くためではなく、錆びついた真実を、10年後に伝えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四章:告白と偶像の崩壊

 

 

 

 

 

 

ノアの告白は、SNSの世界に衝撃を与えた。ノアが、錆びたネックレスを首に掛け、10年前の写真を手に持った自撮り画像を投稿した瞬間、インターネットは一時的に麻痺した。

 

 

 

 

 

 

【NOA、まさかの整形告白!】

 

 

 

 

【完璧な美貌は、すべて作り物だった!】

 

 

 

 

 

【裏切られた! 今まで信じてたのは何だったの?】

 

 

 

 

 

 

それまでの賞賛のコメントは、一瞬にして、激しい罵詈雑言へと変わった。

 

 

 

 

 

 

【ブサイクが、嘘をついて金稼いでたのかよ!】

 

 

 

 

 

【整形モンスター】

 

 

 

 

 

【死ね!】

 

 

 

 

 

 

リンダは、ノアの自宅に乗り込み、狂ったように叫んだ。

 

 

 

 

 

「ノア! あなた、自分が何をしたか分かってるの? 契約はすべて破棄、違約金は数十億よ! あなたのインフルエンサーとしての生命は、完全に終わったわ!」

 

 

 

 

 

リンダの顔は、怒りと恐怖で、歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ちがうわ……終わったのは、NOAという概念よ…」

 

 

 

 

 

ノアは、自宅のリビングで、落ち着き払って椅子に座っていた。彼女の首には、まだ、錆びたネックレスが掛けられている。

 

 

 

 

 

「私は、終わっていません。私は、ここから、始まるの…」

 

 

 

 

 

 

「始まる? あなた、これからバッシングの中で、どうやって生きていく気? 誰も、あんたの顔なんて、もう見たくないのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

ノアは、リンダの瞳を、真っ直ぐに見つめた。

 

 

 

 

 

 

「人々は、私が完璧だから、私を愛していたのではないわ。私が、彼らの変身願望を、完璧に体現していたから、私を利用していたのよ。私は、彼らの欲望を映す、巨大な鏡だった。鏡にヒビが入れば、彼らは怒るわ。それは、自分の欲望の醜さを見せつけられたから…」

 

 

 

 

 

 

ノアの言葉は、リンダの核心を突いていた。リンダもまた、ノアという完璧な偶像を利用して、富と名声を得ていた一人だった。

 

 

 

 

 

 

「……あなた、変わったわね…」

 

 

 

 

 

 

リンダは、力が抜けたように、ソファに座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「10年前、初めて私の事務所に来たとき、あなたは私を、誰よりも美しくしてください!と、泣きながら懇願した。あの時の、ブサイクだったけど、強欲だったあんたは、もういないのね…」

 

 

 

 

 

 

「……はい。あの時の私は、自分を守るために、自分を殺した。今の私は、自分を愛するために、自分をさらけ出す!」

 

 

 

 

 

 

リンダは、しばらく沈黙した後、立ち上がった。

 

 

 

 

 

「……違約金の件は、私がなんとかするわ。でも、事務所はクビよ。これ以上、あなたを抱えておくことはできないわ!」

 

 

 

 

 

 

「……分かりました。今まで、ありがとうございました…」

 

 

 

 

 

 

ノアは、リンダに向かって、深々と頭を下げた。10年前の、ブサイクな少女を、世界のトップ・インフルエンサーへと導いてくれた、恩人への、最後の敬意だった。リンダが去った後、ノアは、スマートフォンを取り出した。タイムラインは、まだ、罵詈雑言で溢れている。しかし、その中に、微かながら確かな、別の種類のコメントが混じり始めていた。

 

 

 

 

 

 

【NOA、勇気ある告白をありがとう。私も、整形しようか悩んでた。でも、ありのままの自分も、悪くないかもしれないと思えた!】

 

 

 

 

 

【錆びたネックレス、素敵だと思う。完璧じゃない君も、応援したいです!】

 

 

 

 

 

 

それは、偶像としてのNOAではなく、人間としてのノアへの、最初の共感だった。ノアは、そのコメントを読みながら、涙を流した。

 

 

 

 

 

 

(……完璧じゃなくても、私は、ここにいる。生きている!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第五章:最新の真実と10年後のポートフォリオ

 

 

 

 

 

 

 

NOAという偶像が崩壊してから、10年が経過した。SNSの世界は、さらに加速し、NOAの名前は、過去の「珍事」として、歴史の彼方に忘れ去られつつあった。現在のSNSを支配しているのは、完全にAIによって生成された、倫理観や肉体の限界を持たない、さらに完璧なバーチャル・インフルエンサーたち。

 

 

 

 

 

 

ノアは、都会から離れた、海の見える小さな町で、小さな古着屋を営んでいた。彼女の顔は、10年前の完璧な美貌とは、かけ離れている。手術の後遺症で、顔の筋肉は不自然な動きを見せ、AI処理を拒否した肌には、10年の歳月が刻んだ、シワやシミが存在している。しかし、その瞳は、SNSの画面越しでは決して伝わらない、重厚で、確かな「生」の光で輝いていた。

 

 

 

 

 

 

「……こんにちは」

 

 

 

 

 

 

店に、一人の少女が入ってきた。10年前の彼女と同じ、垢抜けない、劣等感を抱えた瞳をした少女。

 

 

 

 

 

 

「……いらっしゃい」

 

 

 

 

 

ノアは、少女に、優しく微笑みかけた。少女は、店内に並ぶ、古びた一着一着を、興味深げに見つめている。そして、レジの横に飾られた、一冊のアルバムに目を止めた。

 

 

 

 

 

 

「……これ、見てもいいですか?」

 

 

 

 

 

「……ええ、どうぞ」

 

 

 

 

 

 

少女がアルバムをめくると、そこには、10年前のNOAの、完璧な美貌の写真と、その横に並べられた、20年前の写真。そして、告白後の、罵詈雑言に晒されていた頃の写真。最後には、現在のノアの写真が並べられていた。それは、最新の自分を守り抜こうとした、一人の女性の壮絶な闘争と和解の記録だった。

 

 

 

 

 

 

「……これ、全部、あなたなんですか?」

 

 

 

 

 

 

「……ええ。全部、私です」

 

 

 

 

 

 

 

ノアは、少女の瞳を、真っ直ぐに見つめた。

 

 

 

 

 

 

「私は、10年かけて、自分自身を、偶像の監獄から救い出したの。今は、完璧じゃない自分を、とても愛しているの…」

 

 

 

 

 

 

少女は、アルバムの中の、錆びたネックレスを掛けたノアの写真を指さした。

 

 

 

 

 

 

「……私、自分の顔が、嫌いなんです。もっと、きれいになりたい。SNSの中の、AIインフルエンサーみたいに!」

 

 

 

 

 

 

「きれいになることは、悪いことじゃないわ。でもね、自分を殺してまで手に入れた美しさは、いつか自分を苦しめる監獄になってしまうの…」

 

 

 

 

 

 

ノアは、少女の肩に、優しく手を置いた。

 

 

 

 

 

 

「最新の自分は、常に更新されていくわ。でも、真実は、一生、あなたと共にいる。それを、大切にしてね!」

 

 

 

 

 

 

少女は、しばらく沈黙した後、アルバムを閉じた。

 

 

 

 

 

 

「……ありがとうございました。私、少し、自信が持てたかも!」

 

 

 

 

 

 

 

ノアは、少女が去った後、店の外に広がる海を見つめた。波が、寄せては返す。それは終わりのない循環。彼女は、自分の首にかかった、錆びたネックレスを、そっと握りしめた。10年前の自分と、今の自分を繋ぐ、唯一の、真実の絆。

 

 

 

 

 

 

 

1週間後、彼女は、SNSに、一枚の写真を投稿した。それは、自分らしく笑っている自分の顔と、店内の古着たち、そして海。

 

 

 

 

 

 

【最新の自分を10年守り抜いた、その結果が、ここにあります…】

 

 

 

 

 

 

終わりのない、輝かしい、自分自身へのアップデート…