第一章:乾いた風の街道、そして巨大な貨物台車
ただひたすらに果てしない、黄色い砂と岩だけの地平線。世界の西から東へと真っ直ぐに突き抜ける一本の交易街道「サクラメント」の上を、一台の巨大な重装甲貨物車が、激しいエンジン音を響かせながら疾走している。その車の側面には、何度も急場を潜り抜けてきたことを示す、無数の大小のへこみや、焼け焦げた弾痕の跡がそのまま残されている。
車を運転しているのは、二十歳の青年、ナオ。彼は、汚れの目立つ茶色の作業着の袖を乱暴に捲り上げ、太い金属製のハンドルを両手でしっかりと握りしめていた。彼の視線の先、遥か彼方の空には、この世界の最大の特異点である「二つの太陽」が、不気味なほどにぎらぎらと輝いていた。
本来であれば、一つ目の太陽が沈んだ後に二つ目の太陽が昇るはずの季節だった。しかし今年の夏は、まるで星の運行がおかしくなったかのように、二つの太陽が同時に中天に静止し、終わりのない昼がもう三ヶ月以上も続いているのだ。
「おい、ナオ。エンジンの冷却水の温度が、また危険な領域まで上がってきているよ!」
助手席に座る、小柄な体格の少女、リンが、計器盤の赤い目盛りを指差しながら鋭い声を上げた。彼女は、この装甲車のすべての機械整備を一手に引き受ける、優秀なエンジニア。
「分かっている。けれど、ここで速度を落とすわけにはいかないんだ。リン、後ろの荷物を確認してくれよ!」
ナオの言葉に、リンは素早く席を立ち、運転席と後部貨物室を仕切る厚い鉄の扉を開けた。貨物室の中央には、頑丈な固定用の鎖で何重にも縛られた、一つの木製の古い箱が鎮座している。その箱の中には、この酷暑の荒野で最も価値があるとされる、純粋な「氷結晶の塊」が大量に詰め込まれていた。東の国境近くにある大病院へと届けるための、極めて貴重な医療物資。もしこの装甲車が急激に速度を落とせば、二つの太陽が放つ凶悪な熱線によって、車内の保冷装置が破綻し、貴重な氷はただの水へと変わってしまう。
その時、装甲車の屋根に取り付けられた全方位レーダーが、けたたましい警告音を鳴らし始めた。ナオは眉をひそめ、バックミラーの鏡面に視線を走らせた。
「チッ、また来たかのよ…」
遠くの砂煙の向こうから、奇妙な形の影がいくつか、凄まじい速度でこちらに向かって接近してくるのが見える。それは、二つの太陽が放つ強烈な電磁波の乱れによって、自律神経を狂わされ、狂暴化したこの土地の固有生物「スナワニ」の群れだった。彼らは、装甲車が立てる激しい駆動音を敵の侵入と見なし、執拗にその巨大な顎で突撃してくるのだ。
第二章:激しい追撃、鉄板の防御
「リン、銃座を頼む! 奴らをこれ以上、車体に近づけるな!」
ナオは叫びながら、アクセルペダルを床まで強く踏み込んだ。大型のディーゼルエンジンが、まるで腹を空かせた獣のような雄叫びを上げ、装甲車は砂を派手に巻き上げながら加速した。リンは素早く後部の梯子を駆け上がり、天井の回転銃座へと身を収めた。彼女は、油の染みついた重い機関銃のグリップを握り、迫り来るスナワニの先頭の一匹に狙いを定めた。
ダダダダダダダッ、という、激しい発射音が、遮るもののない荒野に鳴り響いた。放たれた弾丸の群れが、地面の砂を激しく弾き飛ばし、迫り来る生物の強固な皮膚を次々と撃ち抜いていく。しかし、太陽の光を浴びて興奮状態にあるスナワニたちの動きは、通常の予測を遥かに超えるほどに俊敏だった。一匹の巨大な個体が、弾幕を潜り抜け、装甲車の右側の泥除けに向かって、その硬い頭部を激しく叩きつけた。
ドォォォォォン、という、耳を劈くような衝撃音が車内全体を揺るがした。
「うわっと!」
ナオはハンドルが右に取られるのを、全身の筋肉を強引に引き締めることで力任せにねじ伏せた。車体の右側から、鉄板が強烈に擦れ合う嫌な金属音が響く。スナワニの鋭い牙が、装甲車の外壁の隙間に深く食い込んでいた。
「ナオ、右の駆動系に過度な負荷がかかっている! このままだと、車軸が折れるよ!」
銃座から戻ったリンが、異常を知らせる警告灯を見つめながら叫んだ。
「わかった、少し荒っぽい方法で行くぞ。しっかり捕まっていろよ!」
ナオは、ダッシュボードの端にある、普段は決して触れてはならない黄色のカバーが付いたスイッチに手を伸ばした。そのスイッチの表面には、「出力制限解除」という文字が刻まれていた。これは、エンジンの焼き切れを防ぐために取り付けられている安全装置(リミッター)を、一時的に完全に遮断するためのものだった。
ナオがそのレバーを力強く引き下げた瞬間、装甲車の振動の性質が劇的に変化した。これまでの規則正しいピストンの音が、まるで爆発の連続のような、不均一で凄まじい大音響へと変わった。車のマフラーからは、真っ黒な煙とともに、鮮やかな赤い炎が激しく噴き出した。
限界を超えた推進力が車輪に伝わり、装甲車は前方へと弾かれたように跳躍した。その凄まじい急加速の衝撃によって、右側にへばりついていたスナワニの巨体は、ひとたまりもなく後方の砂原へと引き剥がされ、転がっていった。
第三章:熱波の室内、迫る限界値
危機を脱したのも束の間、装甲車の内部は、文字通りの地獄へと変わりつつあった。安全リミッターを解除したエンジンの発熱量は、車内の冷却能力を完全に圧倒していた。
「シン、エンジンブロックの温度が、もうすぐ百度を超えるわ! これ以上この状態を続けたら、本当にエンジンが爆発して、私たちはここで干からびるわよ!」
リンは、額から滝のように流れる汗を、ボロボロのタオルで拭いながら叫んだ。車内の空気は、まるで沸騰した湯のようになっていて、呼吸をするだけで喉の奥がヒリヒリと痛む。ナオ自身の視界も、流れ落ちる汗によって、何度も激しく滲んでいた。彼は、左手で何度も目の周りを拭いながら、必死に前方のわずかな路面の変化を凝視し続けた。
「あとどれくらいで、次の補給地点の岩場に着く?」
「この速度を維持できれば、あと十分……。でも、車がそれまで持つかどうかわからない!」
リンは、運転席の下にある点検口を開け、熱泥のようになったオイルが循環するパイプの状態を直接、目で確認した。パイプの結合部分は、異常な高圧によって、今にも破裂しそうなほどにパンパンに膨らみ、微かに油が噴き出している。彼女は、持っていたレンチを口に咥え、熱さに耐えながら、そのボルトを必死に締め直した。
「お願い、持って。あと少しだけでいいから!」
彼女の指先が、熱せられた金属に触れて小さな火傷を作っても、その痛みに構っている余裕はない。前方の地平線に、二つの太陽のぎらつく光を遮るような、巨大な黒い影が見え始めた。それは、この街道で唯一の、自然の屋根となる「サクラメント大岩道」の入り口だった。あの中に入れば、直射日光を完全に避けることができ、エンジンの負荷を劇的に下げることができるはずだった。
「リン、見えたぞ! あの岩陰まで逃げ込むんだ!」
ナオは、すでに握力がなくなりつつある両手に最後の力を込め、ギシギシと悲鳴を上げるハンドルを真っ直ぐに固定した。
第四章:最後の防衛線、壊れた安全装置
しかし、大岩道の入り口の直前には、これまでにない規模のスナワニの群れが、まるで壁のように街道を塞いでいた。その数は、およそ三十匹。二つの太陽の熱に完全に狂わされてしまった彼らは、装甲車が立てる限界突破の駆動音に引き寄せられ、逃げ場を無くすようにして待ち構えていた。
「嘘でしょう……、あんなの、正面からぶつかったら、こっちの車体がバラバラになっちゃう!」
「いや、行くしかないだろ。リン、お前は荷物室に行って、氷の箱を守れ。衝撃が来るぞ!」
ナオの目は、まだ諦めていなかった。彼は、ハンドルの横にある予備の燃料噴射レバーを、さらに一段階、奥へと押し込んだ。エンジンの悲鳴は、もはや金属の絶叫へと変わり、車内の計器盤のガラスが、その激しい微振動によってピキピキと音を立てて割れ、足元からは、ゴムが焦げる強烈な臭いが立ち込め始めた。
「うおおおおお!」
シンは叫びながら、装甲車の前部に取り付けられた、大きな鉄製の排障器(バンパー)を、スナワニの群れの最も薄い部分へと向けて突入させた。次の瞬間、これまでにないくらいの激しい衝撃が、装甲車の全体を襲った。
ズドォォォォォン! バリバリバリッ!
大きな肉体と鉄板が激突し、凄まじい血飛沫と砂埃が、フロントガラス一面を完全に覆い尽くした。ワイパーを動かす余裕などなかった。ナオは、手の感覚だけで車体の傾きを察知し、ハンドルを微調整し続けた。
車体の底から、何かが激しく削れる音が響き、装甲車は何度も大きく跳ね上がった。ナオがリミッターを解除して引き出した狂暴な推進力は、スナワニの群れの肉の壁を、強引に食い破ることに成功した。そして暗い、ひんやりとした空気が、フロントガラスの隙間から車内へと流れ込んできた。
装甲車は、スナワニの包囲網を突破し、大岩道の巨大な岩陰の中へと滑り込んでいた。二つの太陽の凶悪な光が遮られ、周囲は一瞬にして心地よい夕闇のような薄暗さに包まれた。ナオは、すぐにブレーキペダルを力一杯に踏み込み、装甲車を完全に停止させた。
第五章:静かな岩陰、新しい一歩
エンジンキーを左に回すと、あれほど狂暴に吠え立てていたディーゼルエンジンが、最後に一度だけ大きく身震いをして、完全にその活動を停止した。車内には、ただ、熱せられた金属が冷えていく「キン、キン」という、小さく規則正しい音だけが響いていた。
ナオは、ハンドルの上に両腕を投げ出し、激しく上下する肩を落ち着かせようと、何度も深呼吸を繰り返した。彼の衣服は、自分の汗と、外から飛び散ったスナワニの体液によって、ひどく汚れていた。その表情には、確かな安堵の色彩が浮かんでいる。
「リン……、大丈夫か?」
ナオが後ろを振り返ると、鉄の扉がゆっくりと開き、体中が煤で真っ黒になったリンが、這い出るようにして姿を現した。
「大丈夫、なんとか生きてる……。氷も、保冷装置がギリギリで持ちこたえてくれたから、一滴も溶けてない。私たちの勝ちよ、ナオ!」
リンは、痛む指先を庇いながら、嬉しそうに白い歯を見せて笑った。二人は、装甲車の錆びついた重いドアを押し開け、大岩道の冷たい地面の上に、崩れるようにして腰を下ろした。岩道の外の荒野では、なおも二つの太陽が、世界を焼き尽くさんばかりに輝き続けていた。
「あの安全装置のスイッチ、もう完全に焼き切れて使い物にならなくなっちゃったわね…」
リンが、運転席の奥を覗き込みながら、苦笑いを浮かべた。
「ああ。でも、あれがなかったら、俺たちはあのスナワニの壁を越えられなかったぞ。車はボロボロだけど、直せばまだ動くはずだよ…」
ナオは、自らの両手のひらを見つめ、そして、前方の暗い街道の先を見据えた。目的地である東の病院までは、まだかなりの距離が残されている。
しかし、ナオは、手元にある工具を手に取り、すでに次の修理の準備を始めようとしているリンの背中を見た時、自らの心の中に、決して折れることのない確かな決意の炎が灯っているのを確信した。ナオは、冷たい岩の壁に背中を預け、少しだけ体を休めた後、再び次の過酷な路面へと向けて、力強く立ち上がる。
太陽の異常な動向がいつ収まるのか、誰にもわからないけれど…